第14話 帰らない
なかった。
「連絡来たらすぐ出られるように、スマホから目を離さないようにしてる。本当に気をつけて」
「わかった」
うなずきながら答え、とにかく急がなければと電話を切ろうとした時、また美羽ちゃんの声がした。
「心春ちゃん……グッド・ローズ」
なにそれ。
聞く前に美羽ちゃんは電話を切ってしまった。あんなに泣いていたくせに、アニメのセリフらしきものを言う余裕はあるのかと、心春は半ばあきれた。でもおかげで、はりつめていた気分がちょっと和らいだ。
心春は大急ぎで制服から着替え、スマホと財布をショルダーバッグに入れると、階段を駆け降りながら「イリスを探してくる!」とだけ言って、玄関を飛び出した。
家の中からお母さんが何やら大声で叫んでいるのが聞こえたけど、無視して自転車にまたがった。どうせ、止めようとしているのに決まっている。
心春は、吹きつける風にぐらつきながらも、自転車を漕ぎだした。
夜の街には風音だけが響いていて、ひとけもわずかだ。
一刻も早くイリスを見つけて帰ろう。
怖さを振り切るように自転車のスピードを上げ、向かい風の中、やっとのことで坂を上り、線路ぎわの『花のお邸』に着いた。
頼りない街灯の光が、壁沿いに並んだバラの木々にぽつんぽつんと咲く花を照らしている。
自転車をその脇に止めながら、心春はイリスが以前話したことを思い出していた。
「知ってる? ここのバラって春と秋の二回咲くんだよ。でも秋には、ちょっとしか咲かないの。それが少し寂しくて、でもみんなと違っても平気よって強い感じもして、気に入ってるんだ」
あの時、電車のドアにもたれかかって外を見ていたイリスは、どんな表情(かお)をしていたんだろう。
フラッシュライトをつけたスマホで辺りを照らし見ると、その光を反射して鉄道のレールがぬらりと光った。
線路に沿って歩いていくと少し先に、ひとり、侵入防止フェンスの方を向いて立っている人がいた。背格好がイリスに似ている気がする。
案外すぐ見つかったと、心春がすこし安堵しながら近づいていくと、それはやはりイリスだった。
夕方見たスウェット姿ではなく、白っぽい長袖のカットソーに、一見スカートに見えるブラウンのワイドパンツを着ている。
偽ROSE BUDに会うために着替えたんだ。
イリスの本気が伝わって、ゾクっとした。でも、イリス以外、人影は見当たらない。なりすましの犯人はまだ来ていないんだ。
今のうちに二人で帰ろう。
「イリス!」
心春が叫んだ途端、イリスは勢いよく振り向いた。
「心春ちゃん? え、なんで……」
ひどく困惑した様子のイリスを見て、心春ははたと気づいた。
イリスは、心春が偽ROSE BUDなのかと思って混乱しているんだ。
「私は待ち合わせの相手じゃないよ。イリスを心配して迎えに来たの」
薄暗い中でも、イリスの表情が険しくなったのがわかった。
「何で知ってるの? ていうか、何しに来たの? 心配とか意味わかんない」
突き放すような、冷たい声。
さっき公園でもう会いたくないと言われたばかりだし、心春は少しひるんでしまって、たどたどしく説明を始めた。
「あの、ROSE BUDのアカウントにコメントしたの、イリスでしょ? ROSE BUDの正体は元々美羽ちゃんなんだよ」
「美羽ちゃん……? 何言ってるの?」
「あのアカウントは、元は美羽ちゃんだったけど、途中から知らない人に乗っ取られたの。イリスが今会おうとしてるのは、誰かもわからない、偽ROSE BUDなんだよ」
イリスはそれを聞くとしばらく黙ってしまった。
「帰ったら詳しく話すから、とにかくまず家に戻ろう? イリスのお母さん、心配してうちの親にまで連絡してきてたよ」
「……帰らない」
イリスがつぶやいた。
「え、なんで……? 乗っ取った人が来ちゃうかもしれないよ」
断られるとは思わず、心春は少し焦ってきた。
「どうせ現れないよ。もう1時間も待ってるけど、誰も来ないもん」
「だったら、もういいでしょ? さあ、帰ろう」
心春が手を伸ばして誘うと、イリスは首を横に振った。
「偽物でもなんでも、誰でもいいから来てほしかった。ROSE BUDは、私の気持ち分かるって言ってくれたもん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます