第8話 砂の味

ベンチに座るイリスは、黙ったままだ。ずっと目も合わせない。

心春は苛立ちを抑えることができなくなり、言った。

「なんか、イリスわがままじゃない? あんなに応援してもらったのに、結局スカート履かないしさ。それなのに心配してもらえて、羨ましいよ。私なんてただの手紙の運び屋だし」

「うらやましい?」

 イリスの眉がぴくっと動いた。

「心春ちゃんは、トイレに入るのに悩んだことある?」

妙に平坦な声だった。

「え?」

 急に何の話を始めたのか分からず心春が戸惑っていると、イリスはベンチから立ちあがった。

 ざりっ、と砂を踏みつける音がする。

「体育の着替えが辛かったこと、ある? 『ちゃんと産んであげられなくてごめん』って親に謝られたこと、ある?」

 詰め寄ってきたイリスはぎゅっとこぶしを握り、その手は少し震えている。

「すれ違いざまに、『オカマ、キモい』ってささやかれたことある?  ねぇ」

 謝ろうと思ったけど、もう遅かった。

心春のことを思い切り睨みつけるイリスの瞳は、潤んで赤くなっていた。

「誰にも会いたくないの。もう来ないで!」

涙声でそう叫ぶと、イリスは公園から走り去っていった。

心春は呆然とイリスの後ろ姿を見ていることしかできなかった。舞い上がった砂埃が口に入って、ざらつく上にひどく苦い味がした。


その後は頭の中が真っ白になったままで、どうやって帰ったかの記憶すらあいまいだった。

家に着くと、心春は自分の部屋に直行し、ベッドに飛び込んだ。身体は重たく、寝転んだまま上半身だけを動かして、鞄を開ける。スマホを取り出す時、結局渡せなかった手紙の束が目に入った。

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