第4話 晴れた空とチョコレート
家が近所なのは心春だけだし、先生からもプリントを渡すよう頼まれていた。
断る理由が見つからない。
「……うん、わかった」
「イリスに会えたら、様子も教えてね」
松波さんが大きな瞳で、報告するのが当然とばかりにどこか威圧的な視線を心春に向けると、二人はすぐに心春の席から離れて行った。
何か届けに行っても、イリスが家から出てきたことは一度もない。
手書きの手紙は、書いた人の体温が乗り移ったみたいに生温い気配がして触りたくなかったし、その束を詰めると鞄はパンパンになってしまった。
美羽ちゃんと学校を出て、お互いの家は反対方面にあるので、駅で別れて一人で電車に乗り込む。一応、イリスに『帰りにプリントとか届けに行くね』とメッセージを送った。
こんな日に限って電車は混んでいて蒸し暑く、長袖の制服が汗で張り付き気分が悪い。変わったばかりの秋服の制服に目をやりながら、前にイリスと話したことを思い出す。
「秋冬用の制服の方が好きだな。色が可愛い」
「ああ、水色と茶色のチェックっておしゃれだよね」
「晴れた空とチョコレートの色。最高の組み合わせじゃない?」
「ええ? また乙女モード入ってるよ」
そうやって心春は茶化して笑ったけど、夢見がちなイリスと話していると、冴えなかった日も心に粉砂糖が降ってきたみたいに、ふんわりと気持ちが軽くなっていった。
この秋、制服はいつもと違う変わり方をした。それはイリスにとって、特別なものになるはずだった。
どうして、学校に来なくなってしまったのだろう。怪我や病気なら、先生もきっとみんなに理由を話しているはずだ。
何も言わずに休んで、メッセージも返してくれないなんて……仲が良かったのは過去のことで、もうイリスにとって心春はどうでもよい存在なのだろうか。
今だけじゃない。理由も分からないまま、登下校も、学校でも、一緒に過ごさなくなってしまった時からずっと……。
最寄り駅に着いて、まずイリスの家に向かう。心春とイリスの家は、同じ駅といっても逆方向にある。
歩いている途中から風が強くなってきて、少し肌寒かった。スマホを取り出して見たけれど、イリスへ送ったメッセージは、既読すらついていない。こんなに長い時間つかないなんて、わざと見ないようにしているのかもしれない。
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