第2話 忘れられない入学式の日

入学式の日のイリスのことを、心春はよく覚えている。心春だけじゃない、クラスの誰もの記憶に残っているはずだ。

甘く香る春の風がふわりと吹き込む教室で、初めて会うクラスメイト達はみんなどこかそわそわしている。

あの子とは仲良くなれるかもという期待や、みんな自分より大人びてみえるような不安、スクールカーストを探る少しの意地悪さとか、いろんな思いを乗せた視線が教室のあちこちで絡み合っていた。

自己紹介の時間になり、無難な挨拶が続いて12番目、

「田沼(たぬま)イリスです。趣味はお菓子作りです」

 色白で少しぽっちゃりした男の子が、さも当然のように言った。

 心春が思わず手元に配られた名簿を確認すると、12 田沼 春久 たぬま はるひさ と普通の男子の名前が書いてある。

 みんな、呆気にとられて拍手をするのも忘れてしまった空白の時間に、イリスと名乗るは生徒は、小首をかしげて頬を紅く染め、微笑んでいた。

 先生がようやく、

「あだ名で呼んでほしいってこと、かな? 田沼春久さんね」

と上擦った声で言うと、

「愛称じゃなくて、私は田沼イリスなんです」

とイリスは凛として言い返した。

 例えるなら、ムーミンのような、ほんわかした雰囲気を持った男の子と、そのきっぱりとした態度が結びつかなくて、かえって茶化すことの出来ない迫力があった。

クラスにはもの凄く格好いい男の子も、入学式で新入生代表を務めた女の子もいたけど、その日一番クラスメイトに囲まれたのはイリスだった。

 イリスが小学校の授業で知った、『LGBTQ+』に当てはまる子とみんなが気づくのに時間はかからなかった。

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