春とイリスとペールブルー・チョコレート

@fuyunire

第1話 現れないイリス

制服の変わった日、イリスが学校に来なかった。それからもう、3週間休み続けている。

「イリス、メッセージ送ってもやっぱり返事ないね」

「また手紙書こうか」

教室の窓際で、イリスといつも一緒にいた女子二人が話しているのが聞こえる。

「そうだね、山本さんに持って行ってもらお」

自分の名前が出て、山本心(こ)春(はる)は勝手に身構え、つい顔をそちらに向けたけど、二人は心春を見もしなかった。

窓から差し込む陽の光を浴びて、二人の柔らかそうな髪がきらきらしている。

そばで男子数人がふざけ始めて、一瞬、視線を向けたものの、二人はまた変わらず話し始めた。

一番うるさくしている高橋くんは、意識していないふりをしているけど、その女の子達を何度も見ているのがばればれだ。

「ねえ心春ちゃん、これ、イリスにあげたら喜ぶかな?」

後ろの席の美羽(みはね)ちゃんに話しかけられ振り向くと、美羽ちゃんはA4のコピー用紙に自分で書いたであろうイラストを手に持っていた。

 ピンクのパーカーを着たくるくるパーマの男性が、黒い薔薇を持ってウインクしている。

「……えーと、これ何のキャラだっけ?」

美羽ちゃんが、ぐいと前のめりになる。

「前にイリスと三人で観ようって話してた、ブラックローズってアニメの主人公だよ! ブルーレイ貸したのにまだ見てないの? この人は外科医なの。普段は寝てばっかりで天然なんだけど、手術の時は覚醒してめっちゃカッコよくて色っぽいしホント尊く……げぇほっ、げほっ」

「ちょっと、大丈夫?」

 美羽ちゃんはいつもこうだ。普段は大人しいのに、アニメの話になると早口のマシンガントークになって、しまいには咳込んでしまう。

「何これ? キモ」

声がした方を見ると、いつの間にか窓際を離れていた高橋くんが、紙をつまんでいる。どうやら、美羽ちゃんが咳込んだ拍子に、絵を描いた用紙が床に落ちてしまったらしい。

「誰のだよ?」

 心春は敵に見つかったダンゴムシみたいに、背中を丸めて縮こまるしかなかった。美羽ちゃんも顔を真っ赤にして、うつむき身体を強ばらせている。

「まー大体、誰が書いたかわかるけど。ガチオタ女子、引くわ」

 高橋くんは好き放題言うと、その紙をロッカーの上に乱暴に置いて、廊下に出て行った。

「呪われるがよい」

 何のアニメのセリフなのか、美羽ちゃんがぼそっとつぶやき、固くこぶしを握って高橋くんが出ていった方を物凄い形相で睨んでいる。

 心春は、誰にも聞こえないよう小さくため息をついた。

 思い描いていた中学校生活は、砂の山みたいに少しずつ少しずつ崩れていって、今は底辺だけって感じ。

心春より、イリスの方がよっぽど上手く学校生活を送っていたはずだ。なのに、どうして来ないんだろう。

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