「鬱」
み
第1話
「鬱」
最近の若者は、何かと直ぐにこの言葉を使いたがる。
私はこのような風情が大変嫌いだった。
生まれてこの方十八年、たかが十八年であるが1度たりとも口にしたことがなかった。
本当の鬱を抱えている人間に失礼だと考えていた。
今考えれば、私はただの人間の本質を理解した気になっている愚か者であった。これに気づくのに十八年かかった。いや、未だわかった気になっているだけなのだろうが。
自分の傲慢極まりない頭の中で勝手に「鬱」の基準、度合いをごく自然に、無意識のうちに測っていた。
そもそも「鬱」と使う人の心情を勝手に推し量り、その人達に対し、
「この人は大した問題も抱えていないのに鬱と使う人間であり、本当に鬱を抱えている人間に対し失礼だ」
と半分無意識ながら、自分のの小さな器の中のひねくれた価値観で決めつけていたのである。
十八年と半年、ここで私の考えは大きく一変するのだった。
高校三年生、秋に差し掛かった頃だった。
私の精神は大変不安定で、ほんの少しでも自分の心を刺すような、そんな液が心という水瓶に注がれてしまえば溢れてしまう、そんな状態だった。
原因や内容はここでは割愛するが、一時期の心の昂りで肉親に対し、
「死んでやる」
と口にしてしまうほどであった。まるで事に対する完璧な被害者のような書き方である。今考えればこのような言葉を投げかけられる親が一番の被害者なのではないだろうか。
本当に私の人生は終わったと思っていた。いや、終りたいと思っていた。逃げたかった。
青年であり受験生の身である自分の心はとても繊細で、とても弱いものであった。日々の小さなストレスが積み重なっていたのだろう。それが、私の限界を超えてしまった。溢れてしまったのだ。
この時期、薄らと頭の中にひとつの言葉であり信じ難い心情が浮かび始めていた。
私の中で少しづつ肥えていたそれは、親に対し非情極まりない言葉を投げかけたその日に確信に変わった。
「鬱」である。
口にこそしなかった。しなかったがしかしその言葉を使う人間に対し、愚かにも少なからず見下していた、そんな自分の脳裏に早くもこの言葉が浮かんだ。
そこで自分の過ちに気づく。正確には半分ほど、曖昧にだろうが。
「鬱」という言葉の意義、使う心情。
私は間違っていた。今まで大した問題も無く、環境にも人にも恵まれ育った私に心を追い詰められるような出来事や時期は無かった。
なのに、私は理解したつもりになっていた。「鬱」とは何か、その言葉の意義や使う人々の心情を、浅い、語らうには浅すぎる人生経験で。
これまで書いた内容は全て自分の頭の中で起こっていた考えや出来事であり、他人に対してぶつけたことも共有したことも無かった。
傍から見れば私になんの違和感もない。頭から外に出していないからだ。
しかしこのような形で不特定多数の人間に自分の心の内を明かしている。大変愚かで、恥ずべき内容だ。軽蔑されても仕方がない。
それでも書いた。私はこの心の内を明かした。自分という人間に一度区切りをつけ、前へ進むためだ。
進むことが出来るかは分からない。私は心の弱い人間で、少し考えが変わっただけで私という人間の本質は変わっていない。後退も、堕落も有りうる。
未だ気持ちに整理は着いていない。考えの全て急に変えるのは誰であれ難しい。だから私は、自分のたいそうひねくれた考え方、心情と付き合っていく。
私は気づいた。自分の愚かさ、器の小ささ、心の弱さに。気づいて、向き合いたい。時に逃げながら。
「鬱」 み @ru_9
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