第60歩 Dの責任

 Hさんは数回だけ遺品整理のアルバイトをした事があった。


遺品整理と云っても大事なものは先に遺族や不動産会社の人間が持ち出しており

残りの不用ゴミの分別作業、廃棄作業が主な仕事だった。


 Hさんは会社の人間に

「事故物件か?」と毎回聞くが本当の事を言ってくれないので、

この会社のバイトは、もうやめようと思いながら

数回だけ手伝ったのだそうだ。

 

 ある日、解体の決定している木造二階建て物件の現場におもむいた。


台所を整理分別して炊飯器を見てみると水と米が入ったまま黄色く変色していて、ご飯の準備をしたまま家主が突然、亡くなったのではないかと思われた。


 作業は進み、風呂場、玄関、押入れなど相当量のゴミになった。


気が重かったのは作業中、無人の二階、和室から時折

―ドスン と音がしていた事と知らない人の遺影が並ぶ仏間だった。

一日目はトラックでゴミを運び出し終了した。


 次の日、昼間のうちにと外の物置から作業を始めた。


花器やスコップなど大量の物を分別していると木箱に石が入っていて、

それに混じって無造作に犬の物と思われる下顎の骨が出てきた。

『なんだって、こんな・・・・』

石は裏庭にバラ撒き、骨は燃えないゴミに混ぜて処分した。


物置での作業中、女性スタッフが、この家の身内と勘違いされて、

ご近所さんに話かけられた。


「急でしたものねぇー」


話では家主が一人暮らしで冬に何日も姿を現さないことを不審に思った

近所の人が家の中で家主が倒れているのを発見したという。


 夕方には早々と暗くなってしまい家の中でもう少し作業しようと残業することにした。


軽い食事を済ませ夜7時半には帰ろうと意気込み作業再開。


Hさんは二階に上がろうと階段の照明スイッチを入れた。


―パチンと音がして照明が一瞬点いたのだが切れてしまった。


スイッチを何度か動かしたが、もう点灯しない。

Hさんは二階の作業を明日の昼間にしようと決めて

今度は仏間に向かった。


 仏間には蛍光灯が点けられていたが誰もいない。


知らない人の遺影が何枚か額に入って飾られている。


部屋の壁際中央には立派な仏壇があって中の本尊や位牌めいた物が

そのまま残されていた。


 普通であれば遺族が処置するのだが放置されていた。


Hさんは少しずつ作業を始めたが段々体が重くなってきて、

だるくなってきた。

「ちょっと休もう」

仏間の襖を外して開け放ち居間のソファーに座って仏間を見ながら一服していると他のスタッフが仏間のそばで新聞などを、まとめだした。


仏壇の中身が、そのまま残っているので

「取り扱い注意だな」と話していると煌々と灯っていた仏間の丸い蛍光灯が音もなく


―フッと消えてしまった。


「うわっ、仏間の電気、消えた」


暗くなった仏間を見ると仏壇の横に白い人の形をしたものが立っている。


自分だけ見えているのではなく仲間にも見えるようで

「うわあー、だめだあーHさん線香あげてー」


仲間は、うずくまって動けなくなっている。


Hさんは不思議と冷静でロウソクと線香に火を点け

「大変お騒がせしていますが、この家の物を処分して家は解体される事になりました、どうか、やすらかに成仏してください」

と心の中で呟き手を合わせた。


急遽みな逃げるように帰宅した。


Hさんが戸締り作業中、暗い仏間を見たが白い人は立ったままだった。

 

 丸投げの上司に連絡を入れ苦情を言った。


「詳しくないけどさ仏壇の魂抜きとか現場の供養だとか大事なことは我々作業員が入る前に済ませておいてください」


「なに?なにかあった?」


「でましたよ、幽霊、階段の電球と仏間の蛍光灯も切れて点かないし」


「冗談だろ」

「冗談で言えるか!こんな事!ほかの作業員にも聞いてみろっ!」

「明日で終わらせよう・・・」

「俺、この現場で最後にしてください、明日で辞めます」


 翌日、人数を増やしてもらい昼間のうちに、すべて片付けた。


仏壇はHさんが朝一トラックに積み込み

専門の『お焚き上げ供養』に出された。


仮にゴミ処分場に仏壇を持って行っても入場するときのチェックで

引き返すように指示され捨てることはできない。


ゴミで出すのならバラバラに解体し更に仏壇とバレないように

細かく裁断しないと無理だし、

もしそれがバレれば処分場、出入り禁止となる。


 聞いた話では、他の業者が『お焚き上げ』の費用をけちり

自ら仏壇を破壊してゴミに出し、その家の親類や業者作業員が次々と倒れ

亡くなる人が何人か出たそうだ・・・


Hさんは会社に愛想が尽きてバイトを辞めてしまった。

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