第51歩 追い越し

 介護職のTさんから聞いた話。


Tさんの友人が安い借家に引っ越したというので遊びに行った時の事。


 家は古く使い込まれてはいたが駐車場がありTVなど家具もそのままで自由にして良いという、その上、家賃が安い。

「いいなあ、お前、ずれーぞ」二人共、上機嫌で食べて飲んで眠った。


 Tさんは夜中トイレに行き寝ていた居間のソファに戻ろうとして廊下を歩いていると急に立ち止まったままの状態で

『ぐっ!』と金縛りになり動けなくなってしまった。


 すると背後から


―ミシ、ミシ、ミシ・・と誰か歩いてくる。


『うわ、なんだよコレ、誰か来る!怖えーよーっ!』


やがて足音だけがTさんを追い越すと目の前にあった玄関の大きな下駄箱がゆっくり傾き出して


―ドカンッ!


大きな音を立てて倒れた。


「うわっ」同時に金縛りが解けて倒れた下駄箱を元に戻したが、やたらと重い。


二階で寝ている友人が起きてくるかと思ったのだが誰も来ない。


 夜中のトイレや薄暗い居間、そこから見える台所など

知らないその家が急に気味の悪い空気に包まれ

TVを、つけっぱなしにして眠ることにした。


「考えてみれば安くて駐車場付き家具付きって海外ならまだしも、あんまり聞いたことないな・・・」


 Tさんは金縛りと下駄箱の事は引っ越したばかりの友人に遠慮して

その夜の追い越し事件を黙っていることにした。


話を聞いた私は

「その後、その友人は大丈夫だったんですか?」と聞いた。

すると

「そのあと、お互い連絡しなくなって会ってないから知らない」

という返答であった。


冷たいなと思ったが私には、どうしようもなかった。

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