第44話 異動

 死神たちが働くフロアで、ざわめきが起こった。神様の中でも、特に死神は静かなのだが、その時ばかりは、皆が驚いている。


 思考の共有によって、そのざわめきをキャッチした眼鏡の精悍な顔立ちをした死神は、自分のことを言われていることに気がついて、ざわめきの中心まで歩いて行く。


 掲示板に貼られた紙の前に、死神たちが寄って集まっていた。


 死神が近づくと、周りの死神たちがその掲示板がよく見えるように、そっとどいた。それに律儀にお辞儀をしながら、掲示板の前に立つ。


「——私が!?」


 驚きのあまり、思わず声を出した。周りを見渡すと、他の死神もびっくりという顔をしたまま止まっている。


「よーお、真面目な死神!」


 声をかけられて横を見ると、アロハシャツの死神が現れた。アロハの死神がにやにやしながら、肩を組んできた。眼鏡のブリッジを上げて、死神はほんの少しだけ困った顔をする。


「今、あんた話題沸騰中だぞ。何せ、地上に派遣とはねぇ…ビックリ仰天だよ。神様も、何考えているんだか」


 そう言われて、死神はもう一度掲示板を見つめた。


「地上に、派遣…」


「何だ、地上に思い入れでもあるってか?」


 それに、死神は「いえ」と短く答え、そしてから、ふと思い出した。


 あの寒空が広がり、雪が舞う中を二人で歩いたこと。美しい星空が見えていて、波の上を魂魄が躍っていてそれは美しかったことを。


「——地上にはないですが…」


 ——千歳さん。


 死神は、忘れられない人間の名前を、心の中で呼ぶ。

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