第33話 八つ当たり
「ちょっと死神さん。それは言ってはいけない話じゃ…」
死神が眉を寄せると、アロハの死神は能天気そうに肩をすくめた。
「いいだろ、別に。肉体に戻ったとしても記憶ねーんだし」
「ですが……」
「ちょっと待って、冗談でしょ? お父さんが癌!?」
アロハの死神の言葉は千歳に何も聞こえておらず、ただただ、〈癌〉という言葉だけが千歳の頭の中をぐるぐる巡っていた。
「なんで、どうして!」
「おいおいおい、俺に突っかかんなよ。おっかねーな。なんでって言われても、病気に聞けよ」
アロハの死神に詰め寄ろうとする千歳を、死神が引っ張って止めた。
父が立ち上がり、そしてこちらに向かってくる。
「俺に八つ当たりしたって仕方がない。寿命は俺たちが決める話じゃない。病気になるかならないかも、俺たちにはわからない。ただ、その事実があるだけで、俺たちは俺たちの仕事をするんだ」
そのアロハの死神を、父が通過する。アロハの死神の身体が、ぐにゃりと揺れた。千歳は避けながら、部屋から出ていくその背中を目で追うことができなかった。
「っつーか、俺に八つ当たりする筋合いないだろう。お前は、自分の境遇を棚にあげて忙しぶって、両親との連絡を怠っていただろうが」
痛いところを突かれて、千歳は黙った。
「――そこまでです、死神さん」
千歳の後ろから、死神の静かな声が聞こえた。千歳の方にそっと手を乗せて、息を深く吐く。
「ちゃんと、千歳さんは私が見ていますから。大丈夫です」
「……ああ、頼むよ死神。とりあえず、次の仕事あるから行くわ。悪かったな、驚かせて」
最後は少し言いすぎたと思ったのか、アロハの死神は千歳にそう言うとすっと消えた。
「千歳さん、大丈夫ですか?」
千歳は、下を向いて、ぼろぼろと涙をこぼしていた。唇をぎゅっと噛んで、目から大粒の涙が出ている。袖でごしごしと涙を拭きとったのだが、袖にそれがつくわけもない。
魂魄の状態とは、そういうことなのだ。
感情の高まりも、悲しみも、愛しさも、肉体で受容することができるから、魂魄にまで届くのだ。
肉体を持たない千歳は、泣くに泣けなくて、そのまま死神が後ろから優しく抱きしめてくれる腕にしばらくしがみついていた。
明日はクリスマスイブなのに。千歳はこんなに悲しい聖夜を知らない。
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