第15話 見えないもの
鈍行列車というのは、各駅で停車するわけで、それはそれはゆっくり時間が流れて行く。いつもだったら、外の景色など見る間もなく、恐ろしい勢いで人混みに流されながら出勤する。こんなにゆっくりと、周りを見たのは一体いつぶりだったかと思ってしまった。
流れる景色は心地が良い。人が歩く姿を見たり、車が渋滞しているのを見ているだけで、ただそれだけなのに面白いと思った。いつもは、携帯のディスプレイばかり見ていたので、周りにこんなにもたくさんの人間が生きていたということに気づかなかった。
「千歳さん、楽しいですか?」
一時間ほど揺られて、だいぶ景色の都会感が無くなってきたときに、死神が千歳に尋ねた。いつ終わったのか、書類の束が消えていた。
「あ、あれ? もう終わっていたの?」
「今さっき終わりました。楽しそうに外を見ていらっしゃるので、声をかけようか迷いました」
「死神も、外見る?」
それに死神は一瞬考えてから、うなずいて席を移動して千歳の前に来た。窓の外を眺める死神の横顔も、精悍な青年という印象だった。
「死神って、何歳なの?」
「年齢は分かりません……見た目でいえば、三十代くらいに見えるかと。実際にはもっと長く生きていますが」
「へえ。死神の仕事も長いわけ?」
「死神として生まれた時から、私は死神の仕事をしていますよ」
それに千歳はきょとんとした。
「子どもの頃ってないの?」
「生まれた時から、私はこのままです」
「面白いね、神様って」
人間の方が面白いですよ、と死神はメガネのブリッジを上げた。
***
「日本では、いろいろな神様が働いています。私もそうですが、千歳さんの肉体を預かってくれている神たちもいますし、皆さんが好きなのは学問や恋愛の神様でしょうかね。とにかく、この国にはいろいろな神様がいて、一生懸命皆さんの生活を良くしようとしています」
「なんかほんとさ、私たちと変わらないみたいね、仕事っぷりが」
そうですね、と死神は窓の外をじっと見つめた。
「人間と違うことは、肉体があることでしょうか。私たちは、肉体がありませんから」
「そうそれ、すごく不思議。私もこうなってみて気がついたけど、意外と肉体を持っている時の方が、見えていないことって多かったかも」
幽霊や人の念が見えている今の千歳にとって、それは確実に存在するものだと実感できた。肉体を持っていた時に見えていなかった人の感情が、今はダイレクトに自分自身に影響するということを理解した今、やはり生きている人間の持つ力というのはすさまじいのだと思わざるを得なかった。
「見えないところにこそ、物事の真実があるかもしれませんね」
「ふふふ。死神が言うと、なんかまともな意見に聞こえるね」
「それは、ありがたいです」
規則的に車輪が枕木を噛む音に耳を寄せ、千歳は窓の外をゆっくりと見つめた。
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