第4話 死神の仕事
「それでは、
「……あたしの部屋だけどね」
スーツ姿の死神になだめられながら、千歳は床に座ってわんわん泣き続けた。
それはもう、ぼろぼろと、自分からこんなに涙というものが出てくるなんて自分が驚いてしまうほどに、千歳は泣いた。
生きている時に出せなかった感情が、今死んでから爆発したかのようだった。
さんざん泣きわめいたあとに、死神が優しくなだめてくれて、とりあえずまずは落ち着いた。
死神にもらったハンカチに、涙と鼻水をこすりつけて、千歳は自分の部屋の小さなソファに腰かけた。
千歳がお茶を飲もうとしたのだが「今のあなたではこの世の中の物には触れません」と言われて、自分の部屋なのに、おかしなことに死神に紅茶を出してもらうことになった。
死神がくれたハンカチを握りしめて、いまだに熱いと思える目頭を押さえながら、素直に飲み物を待った。
キッチンからお湯を沸かす音が聞こえ、そして、千歳の好きな紅茶の香りが漂ってきた。
死神は小さなテーブルの上に美しく茶器を置くと、テーブルを挟んで反対側のカーペットの上に正座をした。
「これ、飲めるの?」
「はい。私が触りましたから」
千歳はカップを手に取る。ずる、と二重に物がぼけたかと思うと、カップはテーブルの上に置かれたまま、半透明の紅茶を千歳は手にしていた。
「それは、エーテル体と呼ばれているものでして、あなたも今の状態は――」
「いただきます」
難しいことを聞く気になれず、強引に死神の言葉を遮ると、千歳はよくわからないエーテル体の紅茶を飲んだ。ちゃんと温かかったし、ちゃんと味がした。
それだけで、千歳はまたなぜか泣きそうになった。
隣には、自分の死体。
泣きたい気持ちも冷める状況なのに、涙はとめどなくあふれてきた。
「八田千歳さん」
「なによ、死神」
「クーラーにしても良いでしょうか? また、ちょっと窓を開けたいのですが」
至極真面目な顔で死神が千歳を見つめた。好青年という感じで、会社にいたら真面目に働くタイプのように見えた。
「クーラー? 真冬に? 暑いの?」
「はい。エアコンですと、もしかするとご遺体に支障が……」
「とっととクーラーにして下さい」
「承知しました」
真面目過ぎて面白みのない回答に千歳がうんざりしていると、すくっと死神は立ち上がり、きれいなしぐさでエアコンをクーラーに変えた。
しかも、温度は十六度。もし生きていたら、強烈に寒いこと間違いない。
倒れたままなのもかわいそうだと思ったのか、エアコンの風が直接当たるところに、死神が千歳の死体を動かしてくれるのを見るのは、もはや気が遠くなるような光景だった。
「では、改めまして、八田千歳さん。私は死神です」
「うん。さっきそう言ってたわよね」
もはや何もかもに面倒で、夢ではきっとないことは自分の死体を見たところ確かで、目の前の死神だけが、今、千歳の前にある現実そのものだった。
「まずどこから話そうか考えたのですが、私たちは、人間の命を奪いに来るわけじゃありません」
「それさっき、あのアロハシャツの死神が言っていたよね」
「はい。あちらの死神もお伝えしましたが、私たちの仕事は、自分が担当する人間の命が終わる瞬間を記録するために、現場派遣されることです。確認を終えたら台帳に記録をして、上に報告する仕事です。人間の仕事でいえば、電気やガスのメーターを確認する職種にも似ています」
人の命の終わりが、電気のメーターと一緒なわけないでしょう。そう思いながらも、千歳は話を促した。
「報告するまでが業務です。ですから、人の寿命を奪うようなことは、私たちはできません」
真面目な顔でそう説明されて、そうですかと素直に答える気にはなれなかった。
紅茶は相変わらず温かくて、エアコンの冷気の影響を受けていないことが、どこか不思議に感じられた。
「人の寿命は、神にしかわかりません」
「あなただって、神様でしょ。死神。神ってついているのに」
「ええ。ですが、寿命を司るわけではないのです。人の寿命は私たちに操作できるほど簡単なものではないんですよ」
「何それ。神様たちにもいろいろとあるのね」
ええ、と死神は瞬きをした。相変わらず表情には乏しく、全く何を考えているのかわからなかった。そのせいか、精悍な顔立ちが、さらに整って見えた。
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