転生したら乙女ゲームの攻略対象の公爵令息だったので、独身貴族を目指したいのに王太子に狙われてます
羽山 由季夜
第1話 知らないうちに転生してました
「――そろそろ、いい加減、私に落ちてもらいたいのだけど? ラピスラズリ卿?」
常磐色の髪の色、若緑色の目の王太子が私の耳に近付いて囁くように言う。
流し目で私を見てくるけど、全くときめかない。
これがちゃんとした女性なら、彼の言う通り、ときめいて恋に落ちるのだろうけど、前世に乙女心や恋心を全て置いてきてしまった私には残念なことに全く響かない。
「はぁ、そうですか。何分、私も男ですので、麗しの王太子殿下に落ちろと言われましても無理なお話です。そういうお話は是非とも花のように可憐なご令嬢方に仰って下さい」
一礼し、バルコニーから離れる。
人混みや興味の目から逃れるためにバルコニーに来たけど、逆に面倒臭い人に捕まった。
こんなことなら、パーティーに参加するんじゃなかった。
溜め息を漏らし、家族がいる場所へ向かう。
「ラピスお兄様!」
青藤色の目を輝かせ、私と同じ瑠璃色の髪の可愛らしい女性がこちらに気付いて声を掛けてくれる。
「アメジスト、ご令嬢達に絡まれていない?」
妹のアメジストに近付き、頭一つ分低い位置にある彼女の頬に触れる。
周りから悲鳴が聞こえるが、無視する。
「わたくしは大丈夫ですわ。それより、ラピスお兄様こそ大丈夫ですの? また、王太子殿下に捕まりませんでした?」
心配そうに後半だけ小声で、アメジストも聞き返してくれる。
「適当にあしらってきたから大丈夫。ただ、そろそろ面倒臭くなってきたから帰ろうかと思うけど、アメリはどうする? 私と一緒に帰る?」
「もちろん、わたくしも帰りますわ! ラピスお兄様をお守りしないと!」
「何を言ってるんだ。アメリは私の大事な可愛い妹だ。守るのは兄の私だよ」
少しだけ優しく微笑むと、アメジストが顔を赤くした。
私の顔を見たのか、周りの連中がざわついたが無視して、玄関ホールへと妹をエスコートしながら歩く。
「もうっ、ラピスお兄様! そういう笑顔は公爵邸でして下さいといつも言ってるのに! お兄様を狙う不届き者が増えてしまいます! ただでさえ今回はセルレお兄様がいらっしゃらないのに」
可愛らしく口を膨らませながら、アメジストが不満を漏らす。
「私を狙う理由がいまいち分からないが、負ける気はないね。私が欲しいなら剣なり、魔法なりで勝てば良い」
我が家の馬車にアメジストを先に乗せ、私も続いて乗りながら言うと、着いてきた護衛の顔が引き攣る。
「王太子殿下にも余裕で勝てるラピスお兄様に誰が勝てますの?」
「うーん、母上かな?」
「それは、剣も魔法も使わなくても余裕でお母様の勝ちですわね。子供のわたくし達では負けますわ」
「母上の涙なら無血開城出来るよ」
腕を組んで、馬車の窓から外を見る。
夜なので真っ暗だ。馬車の中の灯りが反射して、後ろで束ねた長い瑠璃色の髪と、金色の目、女性のように美しい貴公子の顔が窓に映る。
いつの間にか、転生してしまった私は十年経ってやっとこの顔が自分だと認識し、慣れてきた。
まさか、前世で氷の女王という、何処かの映画のタイトルのようなあだ名で恐れられていた、ただの事務員の私が、どハマりしていた乙女ゲームの攻略対象で、氷の貴公子と呼ばれる公爵家の次男に転生しているとは思わなかった。
しかも、私の推しのその次男が女性とは思わなかった。
そんな裏話、知らないんですけど?!
何度もスチルコンプ目当てに公爵家の次男ルートをプレイしたけど、推しが女性でしたなんて話はなかったし、聞いてない!
というか、転生するならモブが良かった……!
何故に女性で公爵家の次男が、女性のヒロインに攻略されないといけないの?!
前世では多様性の時代だから別に拒絶も否定もしないけど、私自身は恋だの愛だのに全く興味がない。見るだけ! 私はしない! あくまで個人的な意見!
だから、遠巻きから攻略対象キャラがヒロインに攻略される様を見たかった……!
今世も恋だの愛だのに全く興味がないし、ヒロインに攻略されたくないので、ドロップアウトして公爵領に引き籠もって独身貴族を謳歌したい。
前世で馬車馬の如く働かされて疲れたから、今世はのんびりゆっくり余生を過ごしたい。
「……ラピスお兄様。やっぱりパーティーで何かありましたか?」
心配そうにアメジストは上目遣いで私を見つめる。思いっきり溜め息を吐いてしまっていたらしい。
「何にもないよ。久々に出席したパーティーで疲れただけだよ」
安心させるように少しだけ微笑む。
氷の貴公子と呼ばれるだけあって、推しのこの顔もなかなか表情が動かない。
前世の私自身も氷の女王と呼ばれるだけあって、表情が動かないことが多かった。この推しもなかなかにちょっとのことでは表情が動かない。
表情筋が死滅しかかっている。
そんな私に家族も慣れているようで、怒るようなこともない。表情を動かす必要もなく気が楽だ。
しかも、この推しの家族の公爵家は私のちょっとした機微で、何を考えているのかある程度読み取るという凄い特技を持っている。それに甘えて、表情を動かそうとしない私も物臭な性格だなと思う。
今世の私――この公爵家の次男は、名前をラピスラズリ・シトリン・アウイナイトという。年齢は十五歳。
トワイライト王国の四大公爵家の一つで、筆頭貴族だ。
父は宰相、母は王妹で、その二人の間に三人子供がいる。
上から、長男、次男、長女。
その次男が私、ラピスラズリだ。
次男、ではあるが、実際は違う。
私は今世でも女性になった。
なったというのは事情がある。
元々生まれた時、私は男の子として生まれた。
が、五歳の時に高熱を出し、寝込んだ後、女の子に変わってしまった。
その高熱と女の子になったという影響か、私は前世を思い出したが、そんなことどうでも良かった。
私はあの日以上の衝撃は今のところ経験したことがない。
この不思議な現象には理由があった。
アウイナイト公爵家の特徴らしく、百年に一度、五歳の時に性別が逆転する子供が生まれるそうだ。
その子を大切にすると国の繁栄をもたらすと言われているらしい。どんな繁栄よ、どんな。
しかし、ラピスラズリは戸籍上は男で登録しており、五歳で今更性別を女に変更する訳にもいかず、王国内でもこのことを知っているのは国王と王妃、アウイナイト公爵家のみ。
使用人達は外でそのことを話すことが出来ないように制約魔法を掛けられている。なのに、皆、嫌々ではなく、自ら進んで掛けてもらったというから不思議だ。
ちなみに、王子王女、他の公爵家、貴族にも秘密なので、私はそのまま男として生きることになる羽目になった。
ただ、私の両親はそんな子供の境遇を憂い、将来、男性としても、女性としてもどちらでも生きられるように、両方の教養を身に着けることを提案してくれた。
片方だけでも大変なのに、両方の教養を身に着けることになり更に大変だったが、忙しく過ごしたおかげで、マイナスに考えずに済んだ。
生まれ持った魔力も高く、剣も魔法もしっかり習った。
女性とバレないために常に身体強化魔法を使っている。女性は男性に比べて非力なので、そこで怪しまれる訳にもいかない。
十三歳から入学している学園でも、今のところ女とバレずに過ごせている。
「ラズリお姉様、疲れたのはやっぱり、王太子殿下に捕まったせいではありませんか?」
アメジストが私をお姉様と呼ぶ。この時は、本当に心配させてしまっている時だ。
ラピスラズリの家族は、他家の者がいない時も男の格好の時はラピス、女の格好の時はラズリと呼ぶ。使用人達も若様、お嬢様と呼び名を変えてくれる。それで、私も対応を変えているが、一応、どちらの格好をしているか確認してから反応するようにしている。
だけど、妹のアメジストの場合は更に心配している時はどんな格好の時でもラズリお姉様と呼ぶ。
もちろん、誰もいない、兄妹のみの時に限るが。
「……まぁ、初めて会った十歳の時から、女物の服やドレス、靴、アクセサリーを贈りつけて来て、女性にするように口説いてくる変態だからね。本当に疲れるよ」
しかも、抱き締められたこともないのに、サイズが全てピッタリという変態っぷり。
王太子の前に、気持ち悪くてお近付きにもなりたくない。
そんな思いが顔には出てくれない氷の貴公子は、言葉で拒絶しても近付いてくる歩く治外法権に非常に困っている。
「ラズリお姉様は顔に出ない分、辛辣な言葉で拒絶するだけですからね。王太子殿下からしたら、周りにいないタイプなのでしょうね。他の人からお姉様は表情がないと言われますが、わたくし達家族や使用人の皆からしたら、見たら分かりますのに。とっても表情が豊かなのに」
それは君達が私の表情を読み取る特技を持っているからだ。
普通はそんな特技は持っていないんだよ。
「……ただの無表情なだけで、感情は死んでいないんだけどね」
喜怒哀楽はしっかりある。ただ、顔に滅多に出ないだけだ。
その反応が楽しいのか、歩く治外法権は私に毎度ちょっかいを掛けてくる。
「公爵家に王太子殿下が来られることがあれば、ラピスお兄様はお留守ですとお伝え致しますわ。家族含めて、公爵家全員でラピスお兄様を全力でお守り致します!」
「ありがとう、アメリ」
表情筋が珍しく仕事をして微笑むと、アメジストは顔を真っ赤にした。
ラピスお兄様に戻ったということは落ち着いたようだ。
「ラピスお兄様! 絶対、絶対にそのお顔はわたくし達、家族や公爵家の使用人のみにして下さいませ! 勘違いされる者が多くなります! お父様、お母様、セルレお兄様にも周知しておかないと」
そうですよねー。
私の推しの公爵家の次男は本当に美しい氷の貴公子様だ。無表情でも美しい、表情筋が働くと更に美しい。そして、とても優しい。なので、うっかり微笑んで、優しく接するだけで相手は勘違いする。
乙女ゲームでも微笑んで優しくしてくれたから好感度が上がったと思ったら、全く上がってなかった。よくあるのだ、この氷の貴公子の場合は。
更にその氷の貴公子様の中に、表情筋がニートしている私がいる。
そう簡単に好感度は上がらない。が、勘違いする者は増える。
面倒臭いなぁ。
前世を思い出した五歳の時はまさかこうなるとは思わなかった。
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