第30話 追う側にまわるとはね

「はあー……疲れたけど……やっと終わったか」


ジョージ達との戦闘後、屋敷にたどり着いた僕は調査報告を済ませた。

それからファルスさんに僕が希望した内容の手紙を書いて貰った。


内容は、「自分の領地をジョージとデップがうろついているのに気づいた事」

「うろつく目的は家出した者の追跡らしいという事」


ファルスさんはそれらの要素を含みながら、

父が娘をコントロール出来ていない事を丁寧に皮肉った文章を書き上げたのだ。


「あなたの娘さん家出した奴に執心してるみたいですけど、

ハウンド家の後継がそんな調子で大丈夫ですかね〜?

そもそもそんな事許してるあなたの能力も大丈夫ですかぁ?」


要約するとこんな感じである。

煽りが強過ぎる……


「あんな手紙を送られちゃあ、父はリードの追跡を止めざるをえないよな……

あの交渉の上手さは流石貴族様って認めざるを得ないわ」


これで間違いなく実家からの追跡は無くなる……


「これでやっと隠し事無く生きていける……

そうだ、さっそくアシュリーにも話そう。受付時間が終わる前に行くか」


僕は宿屋にも戻らず、駆け足で病院に向かう。



「こんにちはー」


病院のドアを開ける、ドアにつけられた鈴の音がカランカランと響いて……

その後は何も聞こえない。


「……? こんにちはー?」


もう一度声を挙げるが返事は無い。

奇妙だ……受付どころか、患者やお見舞い客も見当たらないし……


「勝手に入りますよー……」


仕方ない。僕は勝手に病院にお邪魔した。

受付を覗く……が、誰もいない。


「変だ……入院患者のいる病院が空になるなんてありえないよね……」


流石に診察室には誰かいるだろう。

僕はノックもせずに中に入る。


「あっ……! すいません受付の人が居なかったんですけど……」


診察室のドアを開けると、医者が椅子に座っていた。

……しかし何故だろう。声をかけたのにこちらに背を向けたままだ。


「あのー……!?!!」

「……」

ドスッ。


医者の顔を覗き込んだ……そこにあるべき顔は無かった。

あったのは黒く炭化した肉だ。


僕がショックで尻餅を着いたのが原因か、肉は崩れ落ち、ポロポロと

地面に落ちた……落ちたのはたぶん……唇だった場所だ。


「なっ、なんで……んでこんな、え? いや……そんなのって……」


名前すら知らないけど、何度か話した事のある

人間の死体に僕は正常な言葉を失う。


だが、ホルシド教の一件もあって人の死に慣れだしてしまったのだろうか。

五分程で僕は落ち着きを取り戻した。


「……訳わかんないよ……はっ! アシュリーは無事なのか……!?」


重大な事に気づいて、急いで駆け出した。

早く彼女の病室に……!


ダッダッダッ……

ガタンッ!

「……! なんだ!? 誰かいるのかよ!?」


廊下を走っていたら、突然奥から何かが軋む音が聞こえた。

あそこは……トイレか。


「おい……?」


トイレに入る。

パッと見では誰もいない。

気のせいか……と、思った時だった。


バァン!

「うわああああああ!? く、来るな!」

ブン!

「うわっ! 待て! 落ち着けって!」


突然掃除用具入れから一人の男が飛び出してきた。

彼は僕にブラシを振り回して襲ってくる。


パシン。

「落ち着けぇ!! 僕も今ここに来た所なんだよ。何があった?」

「そ、そうなのか……? すまない……殺されるかと思って……」


僕がブラシを受け止めて怒鳴ると、男は安心したようでへたりこんだ。

彼は……見た事がある、確かここに務める清掃係だったな。


「……何もかも突然だった。

俺が掃除に取り掛かろうとしたら急に静かになったんだよ。

それで耳がおかしくなったのかと思ったら、悲鳴が聞こえて……」


「悲鳴?」


「何事かと、遠目から覗いたんだが……待合室にいたじいさんが

フードの奴に顔面を掴まれてたんだ……そう思ってたら

次の瞬間にはじいさんの頭が黒焦げになって……」


「それから……?」


「受付や他の奴らが逃げ出したよ……俺はそのどさくさで隠れてて……

ロッカーに閉じこもってる間に幾つか追加の悲鳴が聞こえた……

たぶん、もう……」


男は震えながら、耳を抑えてうずくまる。

……相当な恐怖だったのだろう。


「そんな事が……フードの奴らの特徴は……?」

「黒いフード付きのローブで……確か先頭はメガネの男だったな……」

「なるほど……一応聞いておくけど、女の子の悲鳴は聞こえたか?」

「いいや? 子供の悲鳴は無かったはず……」


男は首を横に振る。

が、何か思い出したようで顔を真っ直ぐにあげた。


「そういや……女の子と男の話し声が聞こえたな……

なんか儀式がどうたらこうたら……」


「わかったありがとう。

悪いんだけど、通報はあなたがやってくれ。

僕は調べなきゃいけないことがあるから」


「……震えが治まったら通報するよ」


僕はトイレから出てアシュリーの病室に向かう。



「アシュリー!」


病室は綺麗なものだった。

争った形跡も無く、本当に人だけが消えただけという風だ。


「……ベットに温もりを感じる……」


襲撃からそんなに時間が経ってないのか……

周辺を調べ、毛布を手に取ると、ある事に気づいた。


「なんだこれ……『村に来ないで』?」


毛布に隠されていた部分の壁に文字が刻まれている。

真新しい傷だ……アシュリーが彫ったのか?


「……」


部屋の状況や、さっきの男からの証言からして……

アシュリーは攫われたのかもしれない。


そして誘拐先はおそらく彼女が住んでる村。

襲撃犯はアシュリーが目的だったということになるけど……何故彼女が?


「『村に来ないで』って言われてるけどさぁ……」


……行くしかないだろこんなの。

人殺しを厭わないような連中に攫われた友達をほっとけるか?

いや、ほっておけるはずがない。


「……色々と意味わかんないけど。

僕も全部教えるから……アシュリー! 君にも全部教えて貰うぞ!」


それにしても……さっきまで実家に追われる

立場だった僕が、追う側にまわるなんてね。


僕は病院を飛び出して、村へと向かった。

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