【一章完結】ゲーム世界の悪役貴族に転生したけど、原作は無視して自由人キャラになります

芽春

プロローグ 番犬

「逃げましょう! 今戦える人達を呼んできますから!」

「……」

(数は10か。今まで相手した中じゃ一番多いな)


ナイフを携えた少年の目の前には10体ばかりの魔物達。

そいつらはゴブリン種で構成された略奪グループだ。


しかも、ゴブリンだけでなくホブゴブリンも混じっていて、

最悪な事にゴブリンリーダーがその群れを率いている。


まともな冒険者や傭兵なら迷わず撤退を選ぶだろう。

このグループを一人で相手取るなんて正気の沙汰では無い。


「けど、ここで逃げたら村に被害がでるよな?」


グループの中には弓を持った個体もいる。

彼まで背を向けたら、凶矢が誰かを襲うのは確実だ。


(そんなの許せねぇよなぁ!?)

「宿と食事の恩を返す時なんて……今以外無いよな!」

「待ってください!」


ああ、なんということだ。無謀な若人を止める事が出来なかった。

そう、村人は悲嘆し、顔を覆った。

だが。


「グゲゲゲゲ!」

「ギャッ!」

「……フッ!」


ゴブリンの達の視界に、灰色の影が走った。


「1」

「プシッ!」

「2」

「ギョボッ!」

「345!」

「ゴポゴポ……!」


そして影が少年の形に戻った時、

五体のゴブリン達は首筋を切り開かれ、口から血を溢れさせた。


「グギャ?!」


残されたホブゴブリン達は何が起きたのか認識できず、

驚きの声を挙げるばかりだ。そしてそのスキを少年は見逃さなかった。


「シッ!」

「グプ……」


一体のホブゴブリンが首に風穴を開けた。


「ギエエ!?」


そのゴブリンの断末魔で残りの群れはようやく

自分達の身に何が起こったのか理解し始め、ハッと我に返ったようだ。

だが、もう遅い。


「グッ……!」


生き残りの一体が弓矢を構えて少年を狙う。


「……これで!」


だが、その事に気づいた彼は崩れ落ちそうなホブゴブリンの死体を支え、

自身の身を射線から遮る。


「ギッ!?」


そして死体を盾にして突き進み、距離を詰めていく。


「……グギャア!」


一瞬の迷いの後、ホブゴブリンは矢を飛ばした。

死体ごと少年を貫けるだろうという算段を立てたのだ。


「そらよ!」

ドスッ!

「ギャア!」


しかし、少年は死体の腹部に蹴りを入れ、どっしりした肉の塊を飛ばす。

肉の塊は矢を受け止め、勢いは弱まることなくホブゴブリンに直撃した。


「ギ……!」


残った三体の内、二体はこの大立ち回りを見て戦意を失ったようで、

逃亡を選んだようだ。だが、最後の一体は違った。


「ギエエ……」


残ったのはグループを率いていたゴブリンリーダー。

先の二名と違い、構える事を選んだのは上位個体ゆえの余裕からだ。

この状況になってもなお、勝てると信じている。


「最後は一騎打ちか。悪くないな」


少年はゆったりと距離を詰め、両名は対峙した。


「グオオ!」


一撃で決めようと、ゴブリンリーダーは大剣に全体重を乗せ振り下ろす。

まともにくらえば右と左に両断されるだろうその一撃を……


「単純だな」


少年はいとも簡単に身を躱した。


「グッ!」


ゴブリンリーダーは返す刀で少年を仕留めようとする。


「フンっ!」

ドゥン!


だが、少年は大剣を踏みしめ、動きを止めた。

ゴブリンリーダーは大剣から少年の顔へと目を移す。

彼は笑っていた。


「はあっ!」


少年は表情とは対称的な、容赦のない一撃を

ゴブリンリーダーの右腕に深く、突き刺す。


ザスッ!

「ガアア!」


負傷した右腕では、少年に抑えられた大剣を持ち上げることが叶わないと

悟ったのか、ゴブリンリーダーは手を離し、後ずさる。


「……もう少し、楽しみたかったけど」


ズバッ。


「ガ……」


少年は移動するついでのようにゴブリンリーダーの首を切り裂いた。


ボトッ。プシャアア……


彼の首はグラりと地面に落ち、

緑色の肉から赤い血がスプリンクラーのように吹き出た。

その血は少年の背を赤に染める。


「なんと……これは」


一部始終を見ていた村人が呆然と口を開く。


「私は……何を見ていたのだ……?」


困惑しつつも、村人は一つ確信していた。

今のは戦いではない、狩りだ。

ゴブリンの群れと少年は全く同じ土俵に立っていなかったのだから。


「まるで猟犬だ……敵を仕留めるよう訓練された……」

(うわっ、ちょっとやりすぎた……また服洗わないといけないなぁ)


そんな村人の熱い感動に対して、少年の心は冷水のように冷静だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る