第2話 自由だぁー!

「……縮地!」


僕は部屋の端から端まで、一足で移動してみせた。


「一晩かかったけど……ようやくものに出来たな」


あれから僕は色々と試していたが、

「縮地法」のスキルだけはコツが掴めず苦戦していた。


なのでとりあえず部屋を探索し、

使える物やヒントになる物が無いか探した。


結果として「修行日記」なる物を発見し、それに従って練習する事で、

縮地法という固有能力を手に入れた。


原作では素早さのステータスが二倍になる専用バフを戦闘中に得るという、

かなりのヤケクソ能力だったが、ゲームと違わずかなり強そうな能力だ。


「夜中は随分楽しそうだったな? アローン」

「へあ?」


声の方を見ると、青筋を立てたいかにも

沸点の低そうな金髪ハーフアップの女貴族が寝巻き姿のままこちらを睨みつけていた。


「……えっと」


この人は僕の姉……だったはず。


そういえば日記には修行内容のみで家族や日常生活に

ついては全く書かれていなかったな。

なんで自分は何も書かなかったんだっけ……


「弟と言えど……

この私、リード・ハウンドの安眠を妨害した罪は罰する必要がある……」

「もしかして……説教かなにかですか?」

「何を甘い事を……地下牢で鞭を背中に打ち付けられるがいいさ!

躾のなっていない猟犬はいらないのだからねぇ!」


oh……思い出したくなかったなあ、背中がヒリヒリする理由。

誘拐が好物のクソ野郎が生まれるのも納得の家庭環境ですね、これは。

リードは僕を強制的に連行しようと腕を伸ばす。


「縮地!」


僕はその腕をひょいとかわし、部屋の端まで逃げ切る。


「そのくだらない技術が修行の成果とやらかい?」


リードは怒りに顔を歪める。


夜中に騒いで起こしたのは申し訳ないと思うが、

それはそれとしてむち打ちは嫌だ。


僕はリードから視線を外し、窓の外を眺める。

朝日に照らされた庭は幻想的な美しさを感じさせた。


「貴様ァ……少々手荒な手段を取る必要がありそうだな」

「うおぉっ!?」


激昂したリードは右手から魔力をほとばしらせる。

彼女が使おうとしている魔法は「縄」魔力を縄のように硬くして敵を縛る魔法だ。


「駄犬には首輪が必要だ!」


リードがそう叫ぶと、魔力が縄状に変質し、こちらに迫ってくる。


「……I can fly!」

パリーン!!

「なっ!?気でも狂ったか!?」


僕は窓に身体を投げ、砕け散ったガラス片と共に庭に舞い降りた!


「そしてスーパーヒーロー着地!」


三点着地をカッコよく決める。

だが、手足に鈍痛が走るし、

窓を突き破ったせいで身体中が切り傷塗れになってしまった。

身体中があまりにも痛い、涙出ちゃいそう。


「痛い……『ヒール』」


唱えると痛みはスーッと引いていき、傷口も塞がっていく。

意外かもしれないが、アローンには回復魔法の才能もある。

気質さえまともなら教会や病院で働く事ができる程に。

ただ、それ以外の魔法は一般人下位レベルという極端な物だった。


「僕は自由に生きると決めました!さようなら!」


そう叫び、庭を縮地で駆け抜けていく。

その様子はまるで、手綱をうっかり離してしまった犬のようだった。


「待て! アローン……! クソッ! 門番!」


リードは窓から命令し、焦って部屋へと引っ込んだ。

僕はそれを見届けて庭を更に駆け抜ける。


「……えっアローン坊っちゃま!? 何を考えに!?」

「うるせぇ!」


そんなやり取りがあったが、13歳の小柄な体に縮地法の素早さが合わさり

たとえ王宮の門番だろうと捕まえられないだろう勢いで僕は駆け抜けて行った。



「お父様……ご報告が」

「こんな朝早くから何事だ……? 我が娘よ」


寝巻きから貴族としての服に着替えたリードは、 父でありハウンド家の家督であるトレーニに報告をする。


「今朝の事ですが……弟……いえ、駄犬のアローンが家出しました」

「…………?なんだと?」


トレーニは理解できないと言った顔を浮かべる。


この家、ハウンド家は貴族ではあるが、ハズバンド家と主従関係にある。


ハズバンド家は古くからある高名な一族であり、

ハウンド家はそんな一族に魔法による武力で貢献してきた一族だ。

そして数代前に長らく貢献してきた褒賞として貴族の地位も与えられた。


故に、他の貴族と比べて魔法力を何よりも重視する方針をとっており、

人を傷つける魔法を不得手とする上に次男である

アローンの立場はかなり低いものだった。


しかし、だとしてもそこらの貴族よりもよっぽどいい暮らしはできる。

だからこそ、今の立場を投げ捨てるアローンの行動は理解しがたかった。


「……」(まさか、こんな形になるとは……)


トレーニが首を捻る一方、納得したようにうなだれる者がいた。

彼はこの屋敷でリードの召使いをつとめる壮年の男、名前はジョージという。


(アローン坊ちゃんには攻撃魔法の才が無かった……

しかし、それでも何らかの形で家の役に立とうと健気に修行をされていました。


結果として本来なら手練の格闘家が覚える『縮地』をも13歳の若さで物にしておりましたね。ですが、ご主人様は決して彼の努力を認めようとしなかった。


この一族においては攻撃魔法が全てなのだと。

その上リードお嬢様によるいじめも最近エスカレートしていたようですし……。

何らかの歪みは生まれる物だと感じていましたがこんな顛末を迎えるとは……)


全てを知っていたジョージは、目に薄く涙に浮かべる。

しかし、それだけ心を痛めても何も出来ないのは主人と使用人という関係の悲しさだろう。


「……まあ、駄犬一匹逃げた所で我が家にはなんの影響も無い。

報告ご苦労。お前はハウンド家の後継として精進するように」


ちなみに、リードが後継としての立ち位置にいるのも「攻撃魔法が全て」という方針の影響である。


「はい……お父様」


リードが自分の部屋に戻ると、彼女は憂鬱そうにため息をついた。


「……アローン……私は寂しいよう」


彼女は昔から父親に期待され、何不自由なく過ごしてきた。

だが、期待とはそのまま重圧になるものだ。


「私は……明日から誰を虐めて生きればいいんだ!」


……重圧の影響、いや、やっぱり本人の気質かもしれない。

彼女は実の弟を虐める事で至上の幸福を感じるド変態に育っていた。

もちろんそんな姿は外では一切見せず、

模範的な貴族どころか高潔な女傑として有名なのでタチが悪い。


「絶対逃がさないからねぇ……うふふふ」



リードが気持ち悪く部屋で笑っているその頃。

アローンは追っ手を完全に振り切り、領内で最も高いとされる高台に登っていた。


「おおお……ちゃんとエタブレ(エターナル・ブレイドの略)の世界だぁ……」


本編より時系列が前のせいか些細な違いはあるが、

見覚えのある景色を五感で感じている。


「すぅぅぅ……自由だぁー!」


肺の息を出し尽くす勢いでそう叫ぶ。

ここからはどう生きてもいい事を実感していた。


「縛られなくていい人生を送る為にも……

まずは冒険して強くなるぞー!」



前世から引き続き姉運が終わっている男、アローン。

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