夢現地獄の徘徊人

清水 惺

第1話

 酷い悪夢を見た時に、目を覚ます方法を諸君はお持ちだろうか?



「ぐっ……!」

 僕は、安住の地である我が家に突如として現れた怖ろしい蛇から逃げようと背を向けて走り出す。

 しかし身体はひどく重く、まるでスローモーションのようにゆっくりとしか進まない。

 助けて!

 叫ぼうとしたが、声も出ない。

 なぜだか、そうなることを知っていた気がする。

 耳をすませば、母が玄関で誰か訪問客の応対をしている。

(母さん! 助けて!)

 思いは通じず、こちらの状況に気づくこともない。

 振り向けば、蛇はスルスルとこちらに向かってくる。

(こっちは思うように動けないのに、狡いよ……!)

 怖ろしさに、ばくばくと心臓が大きく、そして速く鳴り響く。

 蛇が一瞬動きを止め、身体を屈縮させた。

 これはまずい。

 そう思うや否や、蛇はその顎を大きく開いて、鋭い牙を輝かせながら僕の顔に跳びかかってきた。

 いやだ、いやだ、いやだ!

 息を荒げながら、僕はぎゅっと目を瞑りカウントを始める。

 いち、にの、さん……!


「はあっ、はあっ、はあっ、はあ……」


 カーテンの隙間から外の光が僅かに差し込んだ薄暗い部屋の中、円形の蛍光灯のカバーが目に映る。

 僕の部屋に戻ってきた。

 荒れ狂う鼓動が徐々になりを潜めていく。

 これが僕の夢から覚める方法。

 夢の中で目を瞑って三数える。

 すると次に目を開けた時には、目が覚めて現実の世界に戻っている。

 小さい頃からのおまじない。

 そうやって怖い夢から脱出してきた。

 最近は、悪夢なんて見ることも減ってきたから使うこともなくなっていたけど、この方法がまだ通用するみたいで良かった。

 夢の世界で自分の身に起きた出来事は現実世界にも反映される。

 目が覚めても、しばらく心臓が痛いほどに大きく跳ねていたのも、そのことを裏付けている。

 諸君も夢から目を覚ます方法は何か一つだけでも持っていた方が良い。


 夢の中で死ぬと、現実世界でも……なんて話もあるから。

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夢現地獄の徘徊人 清水 惺 @Amenoyasukawa

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