底辺ロッカーズ〜ワープア三人組の成り上がり音楽奇譚
鴉
第1話 派遣社員
2004年の某日、まだ世界がリーマンショックや東日本大震災やコロナ禍がなかった頃、日本はまだ比較的平和だった。
ただ、10年程前にバブルが弾けた事で不況である事は変わりがなく、有効求人倍率が1を切る状態が何年も続いており、どこも不景気であった。
正社員の求人は激減し、代わりに派遣会社が台頭、ブラック企業という言葉がない時代に、過酷な企業は多く存在していた。
この物語は、都内のとある派遣会社に所属する青年とその仲間達の成り上がりの物語である。
♪♪♪♪♪
そこは、確かに地獄であった。
「遅えぞ、この糞野郎!」
ブルーカラーの無塵衣に身を包んだ、中年で腹が醜く出た現場リーダーらしき男は、壁に蹴りを入れて彼等を煽る。
ベルトコンベアから流れてくる、発泡スチロールの容器に入った刺身の上にたんぽぽを乗せるという、小学生にでもできるような仕事を、ここにいる人間全員が作業している。
就業規則では、朝の8時半から夕方の17時で終わりなのだが、彼等は朝の7時半から18時までぶっ通しで働いており、勿論それはサービス残業である。
(やってらんねぇや……!)
花田力丸は、ここまで働いても最低賃金で、月の給料が15万程度の碌でもない仕事を、「どこにも行くあてがない」と自分に割り切りをつけながら黙々と働いている。
「でよぉ、そのパチスロ代がなぁ……!」
本来禁止されているはずである、ブルーゾーン内での携帯電話の使用を、先程壁に蹴りを入れた上司は堂々とやっている。
作業員の一人は、余程過酷な仕事に根をあげているのか、ふらふらと立ちくらみをしており、力丸は慌てて彼の体を支える。
「おいお前サボってんじゃねぇよ!」
そいつは、力丸の腹に安全靴で蹴りを入れ、力丸は思わず呻き声を上げて地面に崩れ落ち、その様子を当時高価であったカメラ付き機能の携帯電話で撮影している。
「うんわかった、そろそろ帰るよ。……おいお前ら、終わりだからな今日は」
そいつは床に唾を吐き、壁に思い切り蹴りを入れて大きなオナラをして現場を後にしていった。
♪♪♪♪♪♪♪
「いてて……!」
「リキちゃんごめんな、俺のせいで……」
力丸は腹を押さえながら、朝に「本社に来い」と、電話連絡を受けたので、他の従業員数名と共に登録先の派遣会社に自転車で向かっている。
(あれ、本当にいいのかよ……?)
暴力行為と現場での携帯電話の使用は思い切り禁止なのだが、それが罷り通る場所であり、毎月のように派遣達は辞めていく。
パワハラという概念がない時代、それはどこの場所でも当たり前に行われていた。
「芝浦の奴、そのうちバチが当たるぞ」
「でもあいつ、親父が町議員だから、何かあっても揉み消されるらしいな」
先程の上司の名前は芝浦という名前であり、この界隈では顔が広くて有名な、町議員の芝浦一之助の息子である。
あたりは既に暗く、この辺りは夜の店が栄えているのか、キャバクラやピンサロ、スナックの看板があちこちで見える。
『人材派遣会社凸カンパニー』と、そう看板に書かれた古びたビルが彼等の目に映り、また小言を言われるのかな、と戦々恐々としている。
♪♪♪♪♪♪♪
力丸は、地方の田舎町からただあてもなく上京し、小さな建設会社に入ったのはいいものの、あまりにも過酷で、試用期間が終わった直後に退職した。
幾つか会社をあたって見たのはいいものの、一月で仕事を辞める根性なしをどこも使う物好きはなく、仕方なしに派遣会社に登録、自分と似たもの同士が集まるコミニュティにいる。
彼等が派遣されている食品メーカー、『極悪食品』は、ここら辺ではそれなりに大規模であり、派遣会社を幾つか使っている。
現場リーダーの芝浦一馬は、45歳でそれなりにいい年したおっさんなのだが勤務態度は著しく悪く、みんな彼に嫌気をさしてやめていく。
どちらかといえば正義感の強い力丸は、先程のように具合の悪い同僚を介抱するがその度に芝浦から暴力を受けており、周りで問題視されているのである。
(何話すんだろうな……?)
彼等は建物に入り扉を開けると、そこには力丸よりもいくつか年上の若い、ストライプのスーツを着た管理の人間と、新しく入社したであろう若い男性が3名いる。
「!?」
彼等に力丸は見覚えがあった。
「お疲れ様です、ちょっと今日はみなさんに話があって呼びました」
「は、はぁ」
その管理の人間は、複雑な表情を浮かべており、バックから封筒を取り出す。
「えー、本日付でうちの会社は、凸産業と吸収合併をして凸凹産業になります。一旦皆さんには退職という形で辞めてもらい、また新たに入り直す形にします。手続きは踏んであるので。凸産業さんの社員とはこれから仲間になりますので、仲良くやってください。それと、今日入った新人さんは、こちらの方々になります。いろいろと教えてあげてください……」
(な、なんだってぇ!?)
力丸達は、寝耳に水であるお知らせにお互いの顔を見ながらかなり慌てている。
新しく入った社員は、力丸に軽く会釈をした。
♪♪♪♪♪♪♪
彼等は書類をもらった後に会社を出て、ぼうっとした気持ちのまま近場にある喫煙所にたむろしている。
「まさか、合併するとはな」
「永山さん、知ってたんすか?」
永山という、頭頂部が禿げ上がり分厚い眼鏡をしている中年の男に力丸は尋ねる。
「あぁ、噂で聞いていたがな、売上が悪いと。マージンも良くないと。やはり、芝浦さんのせいでみんな辞めていくからだな……」
「……」
「気晴らしに皆んなで飲みにでも行かないか? これから」
「あぁ、いいっすね」
「新しく入った人らも誘ってみるか?」
「え? あぁ、全然いいすよ」
力丸は、コンビニの前で飲み物を飲んでいる新人達を見つめ、頭の中の引き出しを探り始める。
「うん?」
新人達の一人は、力丸の事を知っているのか、手を振りながら近づいてくる。
「お前力丸だよな!? 俺だよ、秀だよ!」
「秀か! それに日向や誠も! 久しぶりだな!」
力丸は嬉しそうに、彼等の元へと歩み寄った。
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