脳みそチャレンジの賞品券

猫又大統領

読み切り

  私が住む地区には大きい山がある。地区に暮す人々からは見えない日はない。

 

 その山は霊山として名高い。私にとっては近くにある、とても空気がおいしい静かな山。登山者はあまり見かけないのでそこも気に入っていた。険しく、それに加えて人間以外のものが多くいる。それが名は知られているにも関わらず登山者が少ない理由のようだ。

 

 そんな山を弟に腹を立てている私が勾配の激しさも無視して山頂を目指す。持ち物は蔵にあった錆びついたクワだけを持って。

 

 弟は家に生まれた待望の長男。だったが、長男という自覚にかけていて、迷惑ばかりかけている。

 

 幼稚園の頃、野良猫だと思って餌を与えていたら、そいつは化け猫で服を千切られた弟は半裸の状態で町を逃げ回った。

 

 小学生低学年のころ、家族に隠れて近所の廃墟にあった卵を孵化させようと通い詰め、生命エネルギーを吸い取られ、卵が孵化して大騒動になったり。

 

 唯一、弟の生存が許されている理由は、姉ちゃんの弟でよかったよ、と助けてあげる度にいうところだ。

 弟を早く並みの祓い師するように冷たい目が、親族たちから私の家へ向けられている。

 

 その冷たさは冠婚葬祭や血縁会議のたびに味わう。先日行われた夏の会議では皆が氷の入った麦茶の中、私たちは水だった。氷も入っていない。


 そんな生ぬるい嫌がらせを終わらせるためにも、弟を一人前にしなければいけないと思い、この山での修行を勧めた。

 

 家族はまだ弟には早いといっていた。だけれど、この山で、幼稚園児の私は一人、修行をしたのに。

 

 今となれば家族の考えが正しかった。弟は怪物によって人質にとられ、祖母が一人で山に来れば弟は解放すると白い紙にご丁寧に赤い文字。

 

 これは弟の血だろう。奴らは古から人間を恐怖させる方法を熟知している。紛れもない邪悪なもの。

 

 これが悪質なイタズラではなく本物だと確信した理由は、弟が小さいときにという私お手製の券をあげたことがあった。その券が紙の横に置かれていたからだった。

 

 こんなものを今も大事に持っていたんだ。

 

 私は家族に相談することもなく、家を出た。

 

 自分の不始末は自分で清算するという自分に課した規則。それが、長男が望まれた家に、ようやく生まれた、望まれざる長女の生き方だ。


 休むことなく駆け上がる。

 

 少し開けた山頂につくと、一匹の赤黒い毛におおわれた怪物。傍らには弟が横になっていた。

 

「弟のこと殺した?」

 

「まさか、お前らは一人でも殺すと大騒ぎだろ? ただ気絶してるだけだ。俺が殺したいのは憎い憎い婆さんだけだ。俺たちをどれだけ殺してきた?」

 

「弟が生きているならそれでいい。祖母はこない。さっさと失せろ」

 

「やっぱりお前もあの婆さんの血筋だな、匂いでわかる。会話にならない。婆さんが来るまで一族を一人ずつ人質すれば、いずれ来るか」

 

 にんまりと笑う奴の顔が私の機嫌を悪くさせた。

 

「ああ? あれ? 知ってるぞ。お前は一族の人間に誘拐されてこの山に一度、捨てらたよな。嫌われ者。いらない子」

 こいつは、絶対に殺すしかない。

 クワを持つ手に力をこめる。

 

「お前の母親なかなか子供が生まないし、ようやく生まれたと思ったら女で、お前の血筋の連中はひどく落胆したんだろ。幼いお前を山の主に食わせて次は男を生ませようと考えたんだよな。でも、お前が山の主を殺して計画はおじゃん」

 

 母の悪口をいう奴は殺す。それは物心ついたときに決めた規則。

 

「ああ、なるほどな、弟をこの山に捨てて俺たちに殺させようとしたのか?」

 

「何事もなく帰ろうと努力はしようとしたけど、やっぱりお前らみたいのは殺すに限る」

 

「殺すんなら殺せ」

 

「そうする」

 

「俺たちはそこまで生死にこだわらない。知っているだろう? またどこかの暗闇で俺のようなものは生まれるからな」

 

「辞世の句はあるのか化け物? 」


「そうだな――」


「胸にしまっておけ」

 

 地面を蹴る。

 

 クワが奴の頭蓋を捉える。


 ***

 

「う、あ、姉ちゃん?」

 

 弟は目を覚ました。手の甲に切り傷が1つできていた。

 

「俺、怪物に捕まって、あ、あれ。怖い思いしたのに思い出せない」

 

 そういうと弟はぽろぽろ泣き出した。

 

「この券返しておくね」

 

「そういえばなんでこの券くれたの? 俺この時の記憶がないんだよ。だけど財布に入れといたんだ思い出だから」

 

「……さあね?」


 ある日、幼い弟は新聞紙を丸めた柔らかいで、幾度も私の頭を殴った。最初はニコニコしていた私も遂に怒りが理性を超える。しかし、家族の前で弟を泣かせたら一大事。 そこで、その券を使わせて、堂々と報復しようとまだ幼かった私が考えた作戦。私もすぐに忘れていたようだ。

 

 二人っきりの時、何の脈絡もなく姉ちゃんが弟の頭を思いっきりぶん殴る券だよ、とはここまで姉としての威厳が最高潮に高揚した今、いえない。


「帰ろう。姉ちゃんと一緒に家へ」

 

「本当にありがとう。姉ちゃん、俺は姉ちゃんがいないとだめだ。姉ちゃんの弟でよかった」

 

 たまらん。

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