第52話 闇夜に佇む女

 深夜


 夜の帳が降ろされ人々が眠りにつく。そんな静まり返った真夜中の街を北部から南部へ怪しい人影が動く。森を迂回すれば数日かかる道のりも、町の中心を遮る谷をこえる事ができれば、僅か一時間ほどで行き来することができるのだ。


 スペルジムとの話しの後、数日の準備期間を設けた三人は南部潜入の用意を済ませていた。


 今宵は雲が月を隠し、異教の者達を探るには絶好の条件である。闇に紛れ、谷と谷をつなぐ縄より地上へ降り立つ。


「さてと、まずはデモゴルゴ教だっけか? その神殿から探っていこうじゃない」


 今日は三人とも覆面をし、顔を見られないようにしている。先行して神殿に向かうのはシュトである。自身が使役する二匹の魔獣のうち一匹を神殿近くに潜ませ、予め様子を探っている。もう一匹は手元に戻し、神殿までの道のりを案内させる。


 月が隠れているとはいえ、三人は冒険者である。雲の隙間から見える僅かな灯りさえあれば夜目が利く。三人にとっては昼下がりの町を歩いているのと変わりはない。


 建物の影から町の中央を通る道に出ると、シュトが手を前にだし三人の進行を制する。


「――止まって!」


 後ろからついて来る二人も違和感に気付いたようだ。シュトの視線をたどり違和感の正体を探る。


 街灯のない町に人通りなどはなく、道にはただ暗闇だけが広がるはずである。


 しかし――


「……なんだ、あれは?」


 ビズの間抜けな声が漏れる。三人の視線の先に佇むのは巨大な女の後ろ姿であった。オークと見間違えるほどの巨体に喪服のような黒いドレス、顔を隠すかのような巨大な帽子を身に着けている。三人の身体が恐怖で固まっているとその巨体が唐突に動く。


「ヒッ!」


 思わずシュトが声を上げる。巨体の女は暗闇の中気配を消す三人の姿を的確に把握し、三人に視線を合わせてきたのだ。手には到底人間が持つとは考えられない巨大な棍棒。両手で中央を握り、体の正面に構えている。


「……」「……」「……」


 ビズは唐突に現れた不気味な女に最大限の警戒をする。しかし、こちらに身体の向きを向け、それ以降はこちらに何かしてくるというわけではない。ひょっとして自分たちと関りが無いのではと考え始めると更なる違和感にさらに恐怖が煽られる。


「目が……合っている?」


 女の目には目元を隠すような巨大なサングラス。当然、夜にかけるものではない。しかし、ビズが恐怖を感じたのはその先にあるものだ。サングラスをかけていて見えないはずの目から通常ではありえない強い視線を感じたからである。


「な、何かヤバい。コルカス!」


 ビズの勘が巨大な女が敵であると認識する。三人はすぐさま背中を向けると来た道を戻り始める。


 しかし、すぐに逃走は失敗に終わる。巨大な女が棍棒を投擲してきたのだ。棍棒は勢いよく回転しながら三人の背後に迫ってくる。


「行けぇぇぇぇ!」


 ビズが叫び声を上げると、振り向きざまに背中の巨大な太刀でその棍棒を受け止める。


「ウオォォォォォ」


 受け止めた衝撃は凄まじい。体勢は辛うじて保てるものの、後方に体は押し出され足裏で二本の直線を描き続く。


「あぁぁぁぁっ!」


 雄叫びと共に回転する棍棒を押しのけると、軌道の反れた棍棒は離れた民家へ穴を開け、静寂の中に派手な音を響かせる。


「はぁはぁはぁ」


 受け止めた衝撃で手が痺れ、意識をして握っていないと太刀を維持できない。辺りを見回し二人が逃げたのを確認する。


「あの化け物は……?」


 女がいたはずの場所はすでに誰もいないようだ。ビズは警戒を解かずに周囲を改めて見回すがやはり誰もいない。


「……なんだったんだ一体」


 狐につままれたような表情を浮かべ、ビズも撤退をしようとしたその時、建物の陰より一人の男が現れる。


「深夜に誰かと思いきや夜盗に出くわすとは、いや、山賊か……」


 棍棒を弾き飛ばした轟音を聞きつつけ状況を確認しに来たのは元紫紺我衆コテツ・ド・バリアーニョである。


「――!」


 ビズは咄嗟に誤解であると男に伝えようとしたがすんでのところで口を閉じる。


(俺はデモゴルゴ教を探りにきた。ここで言い訳をするのは得策ではない。しかも、この暗闇の中、俺に気配を気付かれずにこの距離までこれる男――)


「貴様、紫紺我衆の者か?」


「……紫紺我衆か、また懐かしい名が出てきたものだ。残念ながら素性の分からない者に名乗る名前は持ち合わせてはいない。今の我はデモゴルゴ様を、いや、アルフレド様を崇める者だと言っておく」


(間違いない。この男、紫紺我衆の者だ。そして、この場を逃げ切るには――)


 ビズの右手の太刀が胸の前に構えられ、ゆっくりと剣先をコテツへと向ける。


「それがお主の答えか」


 コテツの腰から刀が抜かれ、剣先をビズへと向ける。お互いがお互いに少しずつ距離を詰めながらお互いの間合いを探っていた。

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