第31話 町での信者
セント別邸
執務室ではいつもの調子を取り戻したセント。書類を睨みつけがながら万年筆を使い何かを書き込んでいる。机には書類が積み上げられており、長い時間一人で作業をしていたのが窺える。書類に記載が終わり、積み上げられた山にまた一枚紙が積みあげられる。
自分で疲れた肩をほぐしながらセントは考えに耽る。
(契約を結ぶ前に別れたルドルフよりまだ報告はない。予定ではギルドに金を掴ませ異教徒の監視をさせているはずだ。南部は住人の生い立ち故、よそ者を極端に嫌う。そもそも布教活動など上手くいくわけがない。北部はタチアナより推奨された女神教、南部は陰気な神教の生き残り……アルフレド、お前が越えなくてはならない壁は高いぞ)
セントは引き出しに手を付けると葉巻を口にくわえ火を付ける。
(アルフレドが諦めて帰ってもよし、不毛な布教活動を続けるでも構わない。人口の大半をデモゴルゴ教徒が占めた場合に支配権を奪うなどと言った時は肝を冷やしたがーー奪えるものなら奪ってみろ!」
肺に煙をふんだんに含み、口の中で煙を転がす。
「お前に【ヴァシジ】は攻略できまい。どう対処するか楽しみだ」
セントは手に持つペンを握ると事務処理に再び精を出す。その表情は嫌らしく口角を上げ、醜悪な笑みが作られていた。
~~~
デモゴルゴ教の戒律と神教の戒律を見比べ、編集作業をするアルフレド。大まかではあるがデモゴルゴ教と神教の融合作業は終わっている。シンクレティズムなどと言って格好をつけてみたが、南部の住民に受け入れられなければそれまでである。
しかし、八百万の神を信仰する神教は一神教に比べかなりの融通が利く。デモゴルゴ教についてはアルフレドが全権をもっている。いずれ経典を正式に発行するつもりだがそれまでは仮経典だ、編集作業でいかようにでもなるだろう。
アルフレドは思いを巡らせる。改めてセントを油断ならない人物と認識したのだ。
南部には亡国の民。しかもその性質は排他的であり、内輪思考。一番痛かったのはピートモスの人口のおおよそ一割ほどしか人がいない事だ。契約に期限はないため、アルフレドの心が折れなければ布教活動はいくらでも続けられる。しかし、ダラダラと布教活動を続けていれば寿命が尽きるまでここに滞在することになってしまう。
アルフレドがファーの入れてくれたお茶をすすろうとすると、唐突に扉がノックされる。ファーがすぐさま扉に向かい外を警戒するが特に危害を加えようとしているわけではなさそうだ。
(南部での知り合いはいない……ナグモだろうか?)
ファーが扉をゆっくりと開けるとそこには厚手のヴェールを被った蛍が立っていた。蛍の肩は強張っており、ややうつむき加減の様子からかなりの緊張状態であるのが窺える。
「蛍……さん? どうされました? 宜しければこちらにどうぞ」
アルフレドが部屋の中のテーブルに案内すると蛍はおずおずと部屋の中へと入ってくる。蛍が椅子へと座るとアルフレドはファーにお茶を持ってくるように指示を出す。
「どうされました? コテツさんはいらっしゃってないのですか?」
「……兄は来ていません。私が個人的に話をお聞きしたく伺いました」
ヴェールはとらないものの中からは涼しげな声色。華奢な体型をしていたので女性だとは思っていたがどうやらコテツとは兄妹のようである。蛍は緊張しているのか声が若干上ずっている。アルフレドは緊張をほぐすために最大限の笑顔を向けると、蛍に会話の続きを促した。
「屋根の上のオブジェ見ました。本当に神教を復活させようとしているのですか?」
「はい。以前も申し上げました通り、神教とデモゴルゴ教は大変よく似ております。私としては亡国の民となった瑞穂の国の方々に、再び信仰を持って欲しいと考えております」
蛍は顔に掛けていたヴェールを外し、膝の上へと置く。艶のある黒髪が絹のように流れる。小さな輪郭に切れ長の目、儚さを感じつつも芯の強そうな目である。コテツとは髪と肌の色以外は共通点はないが、目力の強さは兄と同じなのかもしれない。
「兄――コテツは今でこそギルドで冒険者などをしていますが、かつては瑞穂の国の侍をしていました。最強と謳われた紫紺我衆に所属し、副将まで上り詰めました。しかし、国を失った今、コテツにあの時のような輝きはありません。恋人を失い、仕事を失い、信念を失なったのです」
アルフレドは背筋を伸ばし真剣な表情を浮かべると続きを促す。
「兄と一緒にいられるのは嬉しいです……。でも、兄は変わってしまった。生き残った家族を守ることに固執してしまい、自分の人生などどうでも良くなってしまっている。亡くなった人は戻って来ませんが、アルフレドさんが進める新しい教えなら、もしかしたら……」
「蛍さんのコテツさんを思う気持ち素晴らしいですね。宜しければデモゴルゴと神教の融合した草案がございます。ご覧になりますか?」
「是非!」
アルフレドが奥に戻り、書き上がったばかりの経典を蛍に手渡す。蛍は手にした経典を開くと食い入るようにページを捲っていった。
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