第30話 町の様子
アルフレドが外に出ると、様子を窺っていた住人が一斉に姿を隠す。陰鬱な印象を拭うことは難しそうである。何よりも問題なのは誰一人としてアルフレドと話そうとしないことである。
(歓迎されてないんですね)
「アルフレド殿、このまま神殿に戻りますか? 買い出しなら広場の隣に――」
「いや、コテツさん。ちょっと町を見たいんだ。端から端まで見るならどれ位かかるかな?」
「端から端までですか……? 狭い町ですので半日ほどで一通りご覧になれますよ」
「ありがとうございます。時間はありますのでゆっくり見て回ろうと思います」
「承知」
町の広場の中心に戻ると商店、畑、牧草地帯と歩く。
「こんにちは」
「……」
住民とのすれ違いざまに挨拶を試みるが、誰一人として挨拶を返すものはいない。さらに崖沿いを歩き、住宅をなめるように見回してゆく。どの家も北部よりさびれており、商いも農業も活気がない。
虐げられている地域というわけではないだろう。強いて言うなら住民全員が何かをあきらめているような雰囲気である。
「コテツさん、蛍さんありがとうございます。とりあえず見たいとこは見れました」
「それでは今度こそ神殿に――」
「いや、最後にナグモさんの所へ行きたいんだけどいいですか?」
「ーー? それは構わないが……」
不安な表情を浮かべるコテツをよそに、アルフレドはズンズンとナグモの家へと向かってゆく。あまりにもテンポよく歩いて行ってしまうので、ここまで何の反応も示さなかった蛍も慌てた様子を見せアルフレドを追いかける。
アルフレドはそのままナグモの家をノックすると、怪訝な表情を浮かべるナグモが顔を出す。
「んっ? お前は?」
アルフレドはナグモの事情などお構いなしに捲し立てると、堰を切ったかの自分の考えを話し始めた。
「――あ、だからって」
「――いや、持っているけど」
「――いや、いや、いや。ちょっと」
慌てふためく大きな声がコテツまで聞こえる。しかし、アルフレドの声はナグモにかき消さえてよく聞こえない。やがて、押し切られる形でナグモは一度奥に戻ると、しばらくして両手で持てるほどの大きさの麻の袋を手渡し渋い表情を浮かべ部屋へと戻ってゆく。
「アルフレド殿、何を?」
「秘密です。でも、何も悪いことはしてないですよ」
コテツに神殿に戻る旨を伝えると麻袋を大事そうに抱える。アルフレドが建物に戻るとその後、神殿から出てくることはなかった。
~~~
二日が過ぎた。久方ぶりに建物を出てきたアルフレドをコテツと蛍が出迎える。
アルフレドは右手に金槌を持ち、左手には脚立をもつ。やっと布教活動が始まるかと思いきや、どうやら何かの作業を始めるようだ。アルフレドはファーに脚立を預けるとコテツに軽く挨拶をして屋根に上り始める。
「ア、アルフレド殿、布教活動は宜しいのですか? ここに来て以降、それらしい行動をしているのをまだ拝見してござらんが……」
「そうですね。でも、ここで布教活動をしていくには皆さんの気持ちを無視するわけにはいきません。どうすれば良いか考えた結果、私と皆さんが同じ気持ちになれないか考えてみたんです」
「同じ気持ち? アルフレド殿が屋根に登るのは同じ気持ちになる為ですか?」
「もちろんですよ! ここから第一歩が始まるんです!」
アルフレドは屋根に登り、三角屋根の手前にある丸い円のオブジェを丁寧に外すと、懐に抱え、梯子を降りてくる。風化してささくれているものの、丈夫に作られていたのかやすりをかけると多少くすんではいるが綺麗な形に戻ってゆく。
「それは……アルフレド殿、あなたは一体……」
「これは瑞穂の国の宗教『神教』のオブジェですよね? そして、ここの南部の住人の住民のほとんどが元瑞穂の国の方なのではないですか?」
「!?」
「コテツさんを含めここの住民の方は髪の色や目の色体つきなんかが似ていますよね? そして、信仰を失い、皆さん疲れている」
「確かにその通りです。しかし、貴方は私達とは異なる神を崇める方だ。貴方がいくら布教しようとも私たちの心を響かせるのは不可能だ」
アルフレドは優しく微笑むと綺麗な円をしたオブジェをファーへと手渡す。ファーは無言で受け取ると何やら瓶に詰められている液体をはけで塗りはじめる。
「確かに。しかし、私が信仰しているデモゴルゴ様は貴方が思っている以上に寛大な方です。こちらに来ていただけますか?」
ファーにオブジェの作業を任せるとアルフレドはコテツと蛍と共に家の中へと入ってゆく。
「こちらをご覧になって頂けますか?」
アルフレドが指をさしたのは机の上にある一冊の教本。表紙には【神教の軌跡】と書かれている。
「これは――」
「私がナグモさんよりお借りした教本です。異教徒の私が申し上げるのもなんですが……大変素晴らしい! 土着の精霊信仰に八百万の神。森羅万象に神を見つける心眼。私がデモゴルゴ様を崇拝する以前に馴染みがあった価値観そのものです。大変興味深い」
コテツは無反応を貫き通している。しかし、所々に見える僅かな変化をアルフレドは見逃さない。足のぎこちない運び方、僅か表情の強張り、今はこれだけで良い。コテツのこの反応をアルフレドは求めていた。二日間かけて神教の本を読み漁っただけのことはある。
「アルフレド殿、貴方は……何をしたいのですか?」
「来た時から何も変わってはいませんよ、私はデモゴルゴ教を布教したい。そして朗報です! デモゴルゴ様は大変寛大な御方、私はデモゴルゴ様と語り合いシンクレティズムを実現できないかと話し合っていたのです」
「シ、シンクレティズム?」
「馴染の無い言葉ですよね。私がかつて聞いた言葉では神仏習合なんて呼ばれていました。つまり、あなた方の神【神教】と私たちの信仰【デモゴルゴ教】の双方で、同じように祈りを捧げられないかと考えていたのです」
コテツの表情に今まで見たことのない動揺が浮かぶ。その動揺を見た瞬間、アルフレドがすかさずに声をかける。
「コテツさん、私達と共に祈りを捧げてみませんか?」
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