第17話 作戦終了
グルの下調べとマリアナの砦の解析、周囲の状況を元に私が立てた作戦はこのようなものである。
出入り口が少なく、気密性の高い砦の特性を利用して敵を燻すことにしたのだ。幸いなことに溶接技術を持つマリアナ、入り口を塞ぐ役割のモア、情報収集のグルと最低限の適任役もいた。ある意味では運が良いといえる。
誤算と言えば敵のリーダーのイスガンが逃げてしまったことだろうか。モアの足元を抜け、敵が逃げ出した時には肝を冷やしたが、その点についても運がついていた。
「ありがとうございますドールさん! 本当に助かりました」
「いえ、アルフレド様のおかげでレゼントも無事に新しい体に乗り換えることができました」
「いえ、これもデモゴルゴ様のお導きのお陰です」
砦に遅れて着いたドールが、逃げ出したイスガンをたまたま見つけたのは僥倖であった。
レゼントの考えもあり、協力に躊躇していたドール。しかし、レゼントとアルフレドの会話を偶然聞いてしまったドールは自分の思いを村の他の者に相談していた。集落では同じように配偶者を失う寸前の者が何人かおり、同じ志を持つものが集落から三人ほど作戦に参加していたのであった。
今回、傭兵崩れの一味を討伐することにより手に入れることができたのは二十体。モアと激しく交戦した者の死体は損傷が激しいため、死体を使えずマリアナが回収していった。女傭兵の遺体も数体あり、協力した者を優先に新しい体を提供した。
「我々としてはレゼントさんに新たな肉体をお渡しすることができ嬉しいです。しかし、レゼントさんは望んでいなかった行為です。よく納得してくれましたね」
「はっはっは。簡単ですよ。私が泣いて頼み込んだのです。レゼントと同じで私も人間に長く憑依しすぎたのだと思います。私の生において、妻のレゼントがいないのは死んでいるのに等しい状態です。この想いを包み隠さずに伝えることにより、レゼントも渋々納得してくれました」
アルフレドはドールの笑みを受け、心に熱いものが込み上げてくる。自分がしたのは殺人だ。しかし、砦の中にあった拷問を受けた死体を鑑みれば、間違いなく死んで当然の集団である。もし、寅之助時代の法治国家であればこの行為は当然許されない。
(罪悪感はさほどない。むしろ、新たな肉体を有意義に使ってくれるのであれば、これほど嬉しいことはない。ひょっとして私自身も寅之助の意識からアルフレドの意識へに変わりつつあるのだろうか)
ドールと他三人は今後の布教活動に積極的に参加する約束をする。そして、アルフレドに深く頭を下げ、部屋を後にした。
「アルフレド様、お見事でございました」「……」
「あ、ああ。成功して良かったよ」
視線の定まらないグルと無言のモア。話し甲斐のない二人である。今後の展開は考え中だが、とりあえず自分の居場所を確保し、命をつなげることができた。この喜びを普通に話ができる相手と分かち合いたい。
アルフレドは消去法的にその人物にあたるマリアナを探す。しかし、隣の部屋にも納屋にもその姿を確認することができず、仕方なく視線の定まらないグルと巨漢のモアに話しかけてみた。
「マリアナがどこに行ったか知ってる?」
「……」
「申し訳ありませんアルフレド様。どこにいるか存じ上げません」
モアから話が聞けるとは考えていなかったがグルも行方を知らないとは。思わずため息をついてしまう。
「マリアナ様は明日にはお帰りになるかと……」
「明日? 分かった。ありがとう」
ここ数日の疲れが一気に体にのしかかってくる。アルフレドは自分のベッドに向かう。何かあれば起こすようにとグルに伝え、ベッドに体を投げだすと間もなく深い眠りについた。
~~~
深夜、アルフレドの寝室のテーブルには、グルにとどめを刺した分厚い経典が置かれていた。経典はグルの血を吸い、僅かに汚れているように見える。しかし、その他に変わったところは見当たらない……ように見える。
パタンッ!
暗闇の中、分厚い表紙が小さな音を立てて開かれる。音はごくごく僅かであり、深い眠りについているアルフレドは気付かない。
「オッゴォォォォォォォォ。信……仰ヲ集メヨ。ア……ルフレド。我ガ僕ヨ」
開かれたページが一瞬だけ赤黒く迸る。しかし、アルフレドが起きることはない。
パタンッ。
本はすぐにいつものインクで書かれた経典に戻ると、開かれた表紙はひとりでに元に戻った。
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