第16話 イスガン=レスリー・スティカート

 イスガン=レスリー・スティカートは元々タチアナ国の男爵である。父親の領土の一部譲り受ける形で山岳地帯を譲り受けた。


イスガンは次子である。本来であれば長子であるアミガン・レスリー・スティカートが全てを受け継ぐ予定であったのだが、兄弟仲が良い兄の配慮により、イスガンは山岳地帯である領土を受け取ることになったのだ。


 領土を受け継ぎ、しばらくは善良な統治者として名を馳せていたイスガン。そんなイスガンに転機が訪れたのは山間に住む武装化した遊牧民族と戦うようになってしばらくの事だ。


 ある日、いつものように略奪をする武装遊牧民を運よくイスガンは捕らえることに成功する。


 捕らえた男は武装遊牧民の切り込み隊長的な役割を担っており、今まで散々煮え湯を飲まされてきた相手だ。イスガンは男が重要な立ち位置にいると踏み、直に男から情報を聞き出すことにする。しかし、相手の男も切り込み隊長まで上り詰めた男。なかなか情報を引き出すことはできない、その為、イスガンの拷問は日に日に激しさを増していった。


 ――爪剥ぎ


 爪の間に竹串を差し、ペンチでゆっくりと爪を引き抜いてゆく。


 ――火責め


 両腕、両足を縛りつけ、足の裏に焼き鏝と冷水の桶を繰り返しあてる。


 ――皮剥ぎ


 腕から上半身に掛かけ器具を使い剥いでゆく。


 皮剥ぎの拷問は感染症やショック死とリスクの高い拷問ではあったが、神官の祝福を受けたポーションをふんだんに使うことにより傷を瞬時に回復。最大の痛みを与え、生かすという永遠の苦痛ともいえる拷問により、口を割ることに成功した。それからほどなくして切り込み隊長がイスガンに口を開く。


「裏山に……遺物による魔法がかけられた……天幕が、ある……」


 男は絞り出すように声を上げる。ついに男から重要な秘密を聞き出すことに成功したのだ。


 ――その刹那、イスガンの脳内に電撃が走り抜ける。電撃は全身を駆け抜け、その後に今まで感じたことのない多幸感が全身を支配する。イスガンは右手に鉄の杭を持ちながら、股間を膨らませ、涎をたらし、膝を曲げるとその場から動かなくなる。


「俺の、俺の生はこのためにあったのか……」


 しばらくして、イスガンの領地より略奪を繰り返していた武装遊牧民は山岳地帯で見かけることがなくなる。それから十年後、イスガンは実の兄により虐殺大罪人の名の元に討伐隊を出されることになる。


 ※※※


「敵だぁ! 敵が攻めてきたぞ!」


 砦の中で半狂乱に叫ぶ部下の腹をイスガンが蹴り上げると、右手で勢いよく髪を掴む。そのまま部下を乱暴に跪かせると自分の顔を近づける。


「落ち着け。何があった」


「て、敵です。正面より巨大な化け物が一人。砦内のどこからか火の手が上がり仲間が何人かやられました」


(化け物? この辺に魔族が出現するなど聞いていなかったが……ぬっ。ここまで煙がきているのか)


「正面の奴らはほっとけ。残りの者をまとめて裏手より逃げる」


 イスガンは部下の髪を離すと、その場にいる数人をまとめ部屋の扉を開ける。扉の先は火の手こそ上がっていないが煙が充満しており、まともに吸えば一瞬で意識を持ってかれかねない。更には砦内にある古びた棚、朽ちた備品などに引火したのか、煙は白から黄色く変わりつつあり、一刻を争う事態となっている。


 イスガンは部下を引き連れ、狭い通路を抜け砦裏手の扉に手をかけると、力任せに扉を引っ張る。


「――ッ!」


 しかし、扉は微動だにしない。まるで壁に取り付けられた突起物をそのまま引っ張るような反応である。人間の力でどうにかなるような手ごたえではない。部下が他の扉に手をかけているが同様の反応を示しているようだ。


「どういうことだ!」


 イスガンは煙の少ない東方向から正面入り口に駆け抜ける。煙は勢いを増し、暗い砦内ではいつ視界を失ってもおかしくない状態である。イスガンは少しでも煙を避けるためその辺に転がる部下の服をナイフで剥ぎ取るとそのまま口に当てる。


「くそっ」


 正面の入り口が見えてくる。狭い入り口では、数人の部下が正面から侵入する化け物と戦っている。僅かな炎の明かりの中、ぼんやりと見えてくる化け物。つばの広い帽子に黒い……ドレス? 暗闇の中だというのに目に何かをかけている。化け物はイスガンの上背を遥かに超え、人がすれ違うのに問題ない通路幅をその巨体で見事に塞いでいる。女は両手にバカでかい棍棒を持ち、僅かな隙間から逃げようとする兵を押し返している。


(何なんだ、あの化け物は!)


 イスガンが唇を噛んで様子を見ていると、息を切らした部下達が背後より合流する。


「はぁはぁはぁ。イスガン様ご無事で!」

「後ろはダメです!」


「よく無事でいてくれた! 今から入り口にいる化け物を倒す。お前は化け物右側へ、お前は左へ。それぞれが同時に攻撃だ。俺は化け物の正面、喉口を斬る。どうやら敵は上半身に手傷を追っているようだ。できるだけ上半身を狙えよ!」


「了解」

「おう!」


 戦っていた最後の兵が力尽き、床に倒れる。イスガンはタイミングを見計らい合図を出す。部下の二人が左右に分かれ、同時に巨体の化け物へと切りつける。棍棒は部下の二本の刃により抑えられ、化け物の正面が、がら空きとなる。


「おっりゃ!」


 ――しかし、化け物に止めを刺す者はいない。イスガンは短い掛け声と共に、化け物の下半身と扉の隙間から体を滑り込ませると砦の外へと逃げることに成功する。


「こ、この野郎」 「くそっ!」


 背後からは部下の侮蔑の言葉が聞こえる。しかし、そんな事は知ったことではない。イスガンは僅かな月明かりを頼りに、夜の帳が降りる森の中を走って、走って、走りまくる。やがて砦の明かりが見えなくなり、静寂が回りを包むと膝をつく。


「はぁはぁはぁ。逃げ切ってやったぞ」


 (部下も金も女も全て失った。しかしそんな事は些細な問題だ。俺が生きてればそれでいい。森を抜ければもうすぐピートモスが見えてくる。隠し――!)


「あっ」


 最後まで思案することはできない。視界が暗転し、身体の自由が利かなくなるとイスガンは膝をついたまま暗闇の中に倒れ込んだ。


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