第8話 余興?
「ど、どうしたの? 大丈夫!」
いま盛大に吐いたばかりである、大丈夫なわけがない。
今すぐにでもここを突破し、外へ逃げ出したい。しかし、アルフレドの両サイドには奇妙な仮面をかぶった男と巨漢の女が鎮座している。
(くそっ! 私はどうすれば良いんだ)
アルフレドの理解を得られたと勘違いしたマリアナ。満面の笑みを浮かべると、目線をそのままにして、瞬時にグルの傷口を縫合する。グルは縫合を終えると何事もなかったように起き上がり、こめかみに垂れた自分の血液をハンカチで拭う。
(やばい奴なのは分かっていた。しかし異常者、気狂いではなくマッドサイエンティストだったとは)
アルフレドがどうしようかと言葉を選んでいると、部屋のドアが唐突にノックされる。
「グル。祭典がそろそろ始まるぞ。準備はできているのか?」
「――ッ!」
思わずアルフレドが息をのむ。この声は集落の長ドールである。なかなか現れないグルにしびれを切らせ、呼びに来たのだ。
「まずい、まずい、まずい!」
こんな状況がばれれば村人総出でこの部屋にいる全員が血祭りになる。
以前、村の秘密を探ろうとした冒険者を捕まえ、集落の全員がひき肉のように潰した出来事を思い出す。アルフレドは蚊が鳴くような声でマリアナに声をかける。
「グルに命令して、時間を稼いでくれ」
マリアナは声を出さずに首を縦に振ると、再びグルを膝まづかせ、ぼそぼそと耳打ちをする。しばらくするとグルは立ち上がり、扉に向かって歩き出す。
「もう少し待ってくれ! 今年は特別な年になる。用意に少し時間がかかる」
「特別な年? ……分かった。集落の皆が祭りを早く始めろと催促してくるんだ。急げよ!」
足音が離れていくとアルフレドは胸をなでおろし、とりあえずその場を乗り切ったことに安堵した。
※※※
魔族が人間に敗れ数百年。瘴気の濃い魔属領に住む魔族を除き、その他の魔族は人間に見つからない森の奥深くに住んだり、秘境に隠れたりと、散り散りになった。インプの村も例外ではなく、擬態という特徴を活かし、ひっそりと人間との共生関係を築いていた。
しかし、アルフレドはインプにその隠遁した生活を終わらせようとしている。自分身の安全を確保するために……。
集落の広場に集まったインプ達。それぞれ手に入れた人間に寄生し、人の姿に化けている。化けると言っても死んだ人間をベースに擬態化しているので、一からその姿を形作っているわけではない。なので、集落に集まったインプは死体が手に入りやすい老人が多く、活気という言葉からは程遠い集団となっている。
ベースである人間の肉体が朽ちれば、インプも生きていくことは難しい。しかし、若い肉体を手に入れたくとも、人との接触を極力避けているインプの集落では、若い人間の肉体が手に入らない。このまま集落の高齢化が進めば、人間の村を襲い、新しい肉体を手に入れるか、このままゆっくりと朽ちていくしかないだろう。
もちろん人間の村を襲うという選択肢をとれば人間にインプの存在を気付かれることになり、ギルドや騎士団にインプの集落は殲滅させられる。
しかし、結論を決めることができないインプ達は、その日その日を何となく過ごし、酒を飲み騒ぎながら問題の先送りをしていた。そんな中、グルが広場の中心に姿を見せると、ざわざわと広場が騒がしくなる。
「皆の者。よく集まってくれた。今年は宴を始まる前に皆に伝えることがある」
「いいぞ! いいぞ!」
「今年の余興は手が込んでるな」
「酒だぁー。先に酒を振舞え!」
グルが厳粛な面持ちで声を上げたのに対し、皆が好きかってなことを言い始める。混沌とした雰囲気が漂う。皆、これから始まる宴に夢中なようで、話などどうでもよいという層が一定数いるようだ。
「静粛に。では、ここでデモゴルゴ教の使者様を紹介したい」
「――使者?」
「どういうことだ?」
「これは余興なのか?」
グルの畏まった発言と、あまり聞きなれないデモゴルゴの名が出たことにより場が一瞬ざわつく。グルが後ろに下がり、背後から前に出てきたのは、ついこの間まで集落公認の小間使いとして使われていた男、司祭服に身を包んだアルフレドである。
「はははっ」
「そういう事か!」
「酒だ、酒だ」
場が一斉に笑いに満ちる。手を叩き、愉快そうに大声を上げ、中には地面に腰を下ろし腹を抑える者までいる。そんな中、満足そうに長のドールがグルの肩に手をかけると、もう十分だといった具合に皆をまとめ、声を上げる。
「はっはっは。今年は初端なから余興を入れてくるとは恐れ言ったわい。さあ、もう十分だ」
長のドールが場をまとめ、皆に酒を振舞おうとすると、グルはその巨体を震わせ、はち切れんばかりの声を張り上げる。
「静粛に!」
まとまりかけていた場に困惑とどよめきが起こる。これ以上は興ざめだなどと言うものもいたが、どこからか現れたファーとモアに睨みつけられると、更なる混乱と共に場が静まり返る。ここにきて初めて司祭服を着たアルフレドが一歩前に出ると、その口を開いた。
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