第2話 計画

 森の中で両者睨み合う。

 先に動いた方が負けなんていうことはなく。

「そんじゃまあ。やろうか」

 その言葉から数瞬。浄静司の初撃。

 攻撃とは言うがその攻撃に一切の攻撃力は無い。

 両者瞬きを終えるとそこはさっきのデタラメに切り開かれた森ではなく、鬱蒼うっそうと木々が生い茂る森だった。周囲に吸血鬼と人は確認できない。

「どんだけ離れた?」

「さあな。わざわざ教える義理も無いだろ。それに知る必要も無い」

 少し動揺を見せた橋本の問いに浄静司が真面目に答えるわけも無く。

「そりゃそう…だ!」

(まずは小手調べ)


 橋本の手から放たれる無色の螺旋らせん

 浄静司に向かって最短距離を真っ直ぐ一瞬で地面と木々を抉りながら迫る。

 人一人容易に飲み込む程の大きさを持って迫る螺旋の奔流。


 浄静司の体に螺旋が触れる直前。螺旋の規模は突如縮小し、小枝ほどの螺旋となりそのまま浄静司の服の裾を揺らし過ぎていく。

「っと。

 相変わらずデタラメな破壊力だな。かすったりしたら致命傷だぜ」

(このままなら勝てる)

 

「浄静司。相変わらずお前とは相性最悪だな。

 俺の怒りの螺旋が見る影も無いぜ」

「大抵のやつが俺との相性が悪いと嘆く。

 聞き飽きたぜ、そのセリフ」

「この野郎!」

 途端。橋本の周囲の空間が歪む。


五重螺旋ごじゅうらせん!」

 橋本が両腕を前に伸ばし掌を合わせ、そして腕を捻る。

 周囲にある五つの螺旋が絡み合って空間を抉りながら浄静司へと放たれる。

 その威力は言わずもがな、先程とは比べ物にならない。螺旋に触れずとも巻き荒れる地面。


「そんなの意味ねぇんだよなぁ」

 一直線に放たれ浄静司の前まで来ると先程と同じように、今度はそれ以上に小さく、ミミズの螺旋がとなり通り過ぎていった。


「同じだよ。お前は昔から攻撃が直線的すぎる」

「直線こそが俺の道。ならば使うは直線のみ!俺の直線道に立ち塞がるなら力でねじ伏せる!直線以外は線じゃねぇ!」

「おいおい、それはやりすぎじゃね?」

(前にも増してバカになったか?)

「俺は傲慢の橋本だぁ!己の主義一つ通せねぇで何が傲慢だ!正面突破が俺の道!俺の道に乱れは要らねぇ」

 波乱万丈な極論を叩き出しながら橋本は開始直後同様に全力で動く。

 両者の拳がぶつかり合い、炸裂音が周囲に響く。



 拳での戦いにいまいち乗り気じゃない浄静司。それは浄静司の能力に起因する。


 浄静司の能力すなわち、童質どうしつ縮尺調法しゅくしゃくちょうほう

 物の大きさを自在に変えることができる。

 ただし生物はその影響を受けない。

 かなり重宝してるこの能力、攻撃力に不安がある浄静司は自分をサポート役だと考える。そのため一対一は苦手な分野である。負けることはそうそう無いが、勝つのに苦労する。いや、だからこそいいのかもしれない。


(それにしても…)

「橋本。昔よりも強くなってないか?」

「お前が弱くなったんだろ?」

「なわけ、ずっと牢屋にいたやつとなんで互角の勝負してんだよ」

「さあな」

 拳を交わしてわかる。


 脇腹を狙った蹴りは腕でガードされ、お返しとばかりに顔面に拳が飛んでくる。

(試しに顔面で受けてみるか)

「ぐっ!」

(んー。やっぱ普通に痛いな。)

「イテテ」

 念の為額で受けた浄静司。

「何してんだ?今のは避けられただろ」

 避けられると思った攻撃が当たり、いい思いをしない橋本。なにか確かめてる。探られてる。そんな予感。

「ちょっと確認しただけだ」

「そのまま…死ね!」

(所詮は敵だ。死ぬまで殺す!)


 距離を詰めながら万全の体勢で蹴りを放つ。

(ブフォン!)

 橋本はしゃがんで蹴りを避けた。

 その低い体勢から鋭いパンチが浄静司の腹を突く。

(ドゥブン!)

「ぐっ!」

 今の攻防ではっきりと橋本の成長を感じ取った浄静司。

 浄静司にとって橋本との戦闘は鮮明に記憶している。三十年経っているが色褪いろあせない浄静司にとって忘れられない好勝負。

 嬉しさを隠しきれない浄静司の口端が若干吊り上がる。

 それと同時に考える。


 監獄の中でどうやって成長したのか、そして能力はどのような成長を遂げたのか。

 そう思うが能力に限って、以前の戦いの記憶との違いが無い。

 隠しているのか、今は使えないのか、なんのためなのか、疑いが浄静司の動きを鈍らせる。

 そして目の前の現実から少し気を逸らしてしまった。


「ぐっ!」

 考えてる間にも橋本のパンチは止まらない。

「あ、」

(もう受けなくていいじゃん。なんか流れで全部受けてた)

(シュンッ!ブフォン!)

 懐に入られても後ろに下がってから距離を詰めて蹴りつける。

(ブゴオォ!!)

「ぐはっ!」

 やっとまともに蹴りが入った。

 思考の切り替えによって、橋本の虚を突くことが出来たのは幸いか。


「はぁ、この野郎。何を企んでる」

「企んでんのはそっちだろ?本気出せよ」

「けっ、バレてんのかよ。だが、まだ俺の本気は出せねぇ」

「そうか。そういえばその髭似合ってないぞ?」

「ッ!!」

 橋本の口周りは馬の尻尾程の長さの髭が添えられてた。ついでにもみあげと髭が一体化してる。

 監獄内で共に過ごした髭は橋本にとっては大事な一張羅いっちょうらだ。それをけなされて黙っていられるはずもない。

 この場において浄静司は完全に悪者となる。相手が誰であろうとその相手の大事なものを貶す言葉は悪者以外の何者でも無い。


「あっ、もしかしてこだわりあった?」

「…」

「すまんな。気が付かなくて」

「ぶっ殺す!」

「やってみろよ」

(チョロい)

 無意識に煽りの言葉を放つ。

「五重螺旋 鉤爪かぎづめ

 五方から飛んでくる螺旋、先端は鋭く尖っている。それに合わせて橋本も接近してくる。


 橋本にとって浄静司は相性最悪。

 浄静司に届く前に螺旋のサイズを変えられてしまう。

 螺旋の合間を縫って、童質どうしつを使って前に出る浄静司は今までよりも一段階ギアを上げる。

(シュシュッ!)

 左右のフェイントを織り交ぜながら釣り出したパンチを掴んで地面に叩きつける。 

「がはっ!」

 跳ね上がる橋本の体が再び地面に着く前に左右の連打が橋本を襲う。

「がっ!ぐわっ!だ!ガハッ!!」


 再び地面に着いた橋本は既に満身創痍。

 直ぐに立ち上がるもフラフラ状態。

 対して浄静司に目立った疲労は見られない。



「おやおや、案外あっけなくやられましたね」

「棚橋っ!」

 二人の後方から一糸乱れぬ所作で現れた棚橋。

「どうされましたか?私が何故ここにいるのか疑問ですか?安心してください。向こうは下柳に任せてありますので、倒してこちらに来たわけではありませんよ」

「そうか」

 安堵する浄静司。だが、棚橋の意図が読めない。


「それよりもやはり敵いませんでしたね」

「何を企んでる」

「そう警戒しないでください。ただの調査ですよ」

「調査?橋本を捨て駒にしてか?」

「ほっほっほ。そこまで鬼じゃないですよ私。いくら吸血鬼が利己的だからと言ってそんな酷いことはしませんよ私は。

 浄静司さんも何度か疑問に思ってましたよね?橋本さんの強さに」

「ああ」

 棚橋が何をしたいのか分からない浄静司。

「その橋本さんは偽物です」

「は?」

 思いもしなかった状況に驚きを隠せない。橋本は土を払い、息を整えてただ立っている。

「細かく言うと橋本さんのコピーですね」

「そんなわけ!三十年前俺がこの手で捕まえたんだ!そんなこと」

「ええ。浄静司さんは確かに捕まえました。橋本さんのコピーをね」

「嘘だろ」

 疑惑に包まれる心を必死に落ち着かせる。

「本当ですよ。本体は外で普通に暮らしていますよ。訓練を欠かさずにね」

「で、それが本当なら何がしたいんだ?お前らは」

「簡単ですよ。人間の完全家畜化です」

「そんなことさせるわけねぇだろ!!」

 普段温厚な浄静司を鬼の形相に変えるほどの怒りの声が森に鳴り響く。

 棚橋は一切ぶれることなく、淡々と計画をつまびらかに話していく。

 その異常なまでの平静さが浄静司の不安を煽る。


「ええ、ですので待ったのです。場が整うのを」

「そう簡単に出来るわけねぇだろ!!」

「いいえ、整いましたよ。

 明日我々は動き出します。人類家畜化計画実行をここに宣言します!

 手始めにこの日本を堕とします。

 ちなみに私、橋本、下柳の本体は明日ここに来るのでどうぞよろしくお願いいたします」

「この野郎!」

「では、我々はこの辺でおいとまさせていただきます」

(ポンッ!)

 立ち上がる白煙が晴れる頃には既に橋本と下柳は姿を消していた。言うだけ言ってなんともないように消えていった。

「なんなんだよ…」

 日本の危機が迫ろうとも太陽の光が浄静司の頭を照らすのは変わらない。

 もちろん日焼け止めは毎日塗っている。


 その後向ヶ先と合流するも詳しいことは聞いていなかった。


(とにかく一度万寿監獄に戻って全国の聖童師達に伝えないといけない。

 人手が足りるかどうかだ。

 くそ〜。考えることが山積みだ。どこに人を配置するか。戦力の分散。一般人の避難。大罪の対処。出てくる吸血鬼がどのくらいのレベルか。他の大罪が出てくるか。

 三芸貞さんげいていに出てもらうか。とにかく委員会に知らせないとな)


 勝負は明日の夜。

 偶然にも明日はちょうど満月。

 果たして天はどちらの味方なのだろうか。




 万寿監獄に戻り聞いたことを全て話して、満島にまとめてもらった。


「満島、どうだ?」

「はい、ただいま三芸貞さんげいていの皆様に連絡を入れた結果、それぞれ日本全域に戦力を分けてくれることになりました」

「そうか。なら大丈夫そうだな」

「はい。それから大罪は確実に仕留めてほしいと委員長から釘を刺されました」

「OK。まあ仕方ないか」

(大罪の死亡イコール新たな大罪の誕生を意味する。次世代の大罪は未知のため賭けとなる。そこまでしてもこの三体は殺しておきたいということなのだろう。大罪に勝てる人間がいるってことを知らしめるパフォーマンスでもあるのか)


「それと、道楽どうらく様は現在アルゼンチンへ観光に行っております。ですので最短でも帰りは明後日になりますので間に合いません」

「それだな。あいつらがなんでこのタイミングなのか。千尋ちひろがいない時を狙ったのか。

 まあこれくらいのことを俺たちで何とかできなきゃそもそも終わりだな」

 道楽どうらく 千尋ちひろ。現童帝であり、最強の聖童師と呼ばれている。能力は知れ渡っているが対処の仕様が無く最強となった人物。


「脱獄の件ですが、脱獄前に外から結界が壊されたようです。

 そのため監獄内での能力の使用を許してしまったとのことです」

「そうか。もしかしたら本体が近くにいたかもな。

 まあいいや、誰でもいいから明日の昼までに数人ここに呼んどいてくれ」

「御意。それでは失礼します」

「おう。あっ、そうだ。

 それとあれを持ってきてくれ」

「あれ…ですね。御意」


(周りに人がいても戦いづらいしな。やるなら確実に。仮に他の場所が落とされても三芸貞さんげいていの責任にしとこ。

 つーか、気を回してる余裕無さそうだな。今日の感じを見るに、あれが使えれば相当楽になる)



 その日の夜。

(ガチャ)

「よう。来てやったぞ」

 部屋の扉を開けて偉そうに入ってきたのは扇子で口元を覆う着物姿の女性。

「ノックしろよ、空(そら)」

 五貞の一人、蓮華桜れんげざくら 夜空(よぞら)。

 浄静司とは同級生であり、現五貞は全員同じ学年である。つまりは四十後半ということになる。五貞唯一の女性。


「見られたくないことでもしてたのか?」

「バカ言うな。礼儀の話だ」

「照れるなよ。お前が本当は見られたいのは知ってる」

「何言ってんだ。そんな性癖あるか!」

「まあまあ落ち着け。そう興奮するな、息子が起きるだろ」

「そういう意味の興奮はしてねぇよ!

 お前その歳で何言ってんだよ。少しはつつましさを持てよ」

「あァ?私まだ四十代なんだけど?」

「四十代がする発言じゃねぇんだよ!」

 分かりやすく、浄静司の疲労が溜まっていく。

「まあいいや。そんで私達だけで足りるのか?」

「そこは分からない。だがやるしかねぇんだ。他から取れるほど余ってねえしな」

「たくよぉ。せっかくの休日が台無しだよ」

「どうせ家で漫画読んでたんだろ?」

「当然。純情な男子の絡み合いを途中で投げ出してきたんだ。大罪のやつらにはきっちり落とし前つけてもらおうか」

「仕留めろだってよ」

「ほう。いいんだな?」

「ああ。委員長からの指示だ」

「久しぶりに全開出せるじゃん」

 二人の顔つきが変わる。つられて部屋の温度が上昇する。


「死ぬなよ?空(そら)」

「お前もな。とし

(相変わらずおっかねえなぁ)


 蓮華桜れんげざくら 夜空(よぞら)。

 学生時代からBLを愛し、とある理由で同級生からは避けられていた。

 外出時は常に着物に身を包み、扇子を持ち歩いている。男っぽい口調は昔からで、男子に紛れ込むために身につけた。

 周りからの視線を気にしたことがない。それ故に彼女の暴走は止まらない。五貞の暴れん坊筆頭。蒸気機関、燃料さえあればどこまでも行く女。




 東京都内のとある建物内。

東京を一望できる一面ガラス張りの部屋。家具が一つも無い殺風景な部屋の中で、立っている一人の男の目が開く。

「思ったよりも長かったな。ついにこの時が来た」

 男の呟きは誰の耳に届くことなく消えていく。

「吸血鬼こそがピラミッドの頂点だということを教えてやる。

 今夜は三途の川が賑わうぜ」

 誰かが聞いていたら思わず息を飲む音が聞こえただろうセリフを吐くのは傲慢の橋本。


 黒いスーツに身を包み、今朝理容室で整えてもらった口元はスッキリとしていて若い外見にあったリフレッシュさを醸し出している。

 さながら就活生のようだ。


 実は昨日浄静司に言われたことを気にしていた。敵であるが、顔なじみに言われたことで思いのほか心に大きなダメージを負っていることを本人以外誰も知らない。

 髭の代わりと言わんばかりに主張する首元の赤いチョーカーは黒いスーツによく映えた。

 税別七十八万円。


 日が傾き始めたのを確認して橋本は目的の場所へと歩き出す。


 戦闘開始まであと二時間。




 その男はただひたすらに剣を振るう。したたり落ちる汗は地面に落ちる前に蒸気になって消えていく。

 足元の地面は抉れ、根っこからもがれた草は風によって舞い上がる。舞い上がった草はその男の剣圧に乗って薄氷を纏い正面の木に叩きつけられ砕け散る。


 かれこれ三時間。素振りを続ける浄静司。

 その手に握られてる剣の名は。

 聖具せいぐ 毘沙羅汊びしゃらしゃ

 触れた物体を凍結させる。凍結範囲、強度は接触時間に比例する。


 過去に、名前のせいで刀の持つ童質どうしつに気づかず巻藁まきわらを凍らしてしまった者もしばしば。


 聖具せいぐ

 一流の聖童師が長い年月をかけて使用し続けることで造り出すことが出来る童質どうしつを持った特殊な武具。


 昨日満島に頼んで持ってきてもらった浄静司の愛刀だ。


 太陽が沈みかけ、森全体の気温が徐々に下がっていく。

「始まる。

 人類の未来をかけた戦いが…今」

「キメてるところ悪いが最後の作戦会議だ。部屋に来てくれ」

「お、おう。

 たくよぉ。間が悪いぜ」

 いい雰囲気の中、向ヶ先が空気も読まずに割って入る。



「結局ここは三人か」

「不安か?」

「まさか。血がたぎるぜ。なんせ久々の大物だからな」

美咲みつしまちゃんはここに残すのか?」

「ああ。メッセンジャーとして残ってもらう。だがいざとなったら逃げていいぞ」

「御意」

「相変わらず硬いな、美咲ちゃん」

「お前ら負けたら承知しないからな。私にはまだ未練が沢山あるんだ。

 そうだ、負けたらお前ら一週間同棲な」

「お前なぁ。こんな大事な戦いに罰ゲームなんて持ち込むなよ」

「ほんと節操ねーな」

「私は欲望に忠実なだけだよ。そのためなら私は死んでも負けない。

 だってよぉ、男二人が一週間一つ屋根の下にいたらよぉ、何も起きないわけないよなぁ。ぐへぇ」

「相変わらず気色悪いぜ。

 これじゃあますます負けられねぇなぁ!」

「ああ!なんか力が湧いてきたぜ!」

「はぁ、お前らあんまり溜め込むのは良くないぞ。程々に抜いておけよ」

「力を!だよな!」

「こんな時に冗談も程々にしとけよまじで」

「三日前くらいがちょうどいいらしいぞ。

 見せつけてやろう。BLは世界を救うと」

「そんな情報要いらねぇよ。いい歳してなんでこんな会話しなくちゃいけねぇんだよ」

「こいつの頭の中は一生中坊のままだな」

「明日は新巻の発売日。あれとあれと……あ!あれも買わなきゃ。ぐへへぇ…」


 一人の女の体から出るよどんだ空気が部屋全体の空気を腐らせる。

 男二人は逃げ出すように部屋を出ていった。

 妄想に夢中になった女はその事に気づかない。



とし。終わったら盛大にやろう」

 向ヶ先 六助 覚悟を決める。

すけ。俺の奢りだ」

 浄静司 定俊 覚悟を決める。

「「おう!」」

 二人は向かい合い、握手を交わし肩を抱く。


 戦闘開始まであと一時間。


 その二人の後ろに立つ二つの細い影。

「男同士の熱い激しい絡み。イィ!!」

「眼福です」

「これが冥土の土産でも私は構わない」

「蓮華桜様…冗談でもそんなこと言わないでください」

「みっちゃん…」

「あのお二人ならまだ!その先があるはずです!ここで死ぬのは勿体ないですよ!」

「みっちゃん!!みっちゃんだけがいつまでも私と同じところにいる!!」

「どこまでもお供しますよ。BLは…」

「「世界を救う」」

 二人の熱い抱擁は何か世界の行く末を確信させるには十分な熱量を持っていた。たとえその熱が腐っていたとしても。

「あ、さっきの二人が絡んでるのちゃんと撮れた?」

「勿論、ぬかりありません。この眼鏡に内蔵されたカメラがきっちりと保存してます。そして既にお気に入り登録が済んでいます」

「なんだって…。外に漏れたら大変だ。至急私のパソコンに転送しておいてくれたまえ」

「御意」

「あぁ…上がるねぇ、みなぎってきた。

 なんだか今日は負ける気がしない」




「おっ、来てくれたか」

 万寿監獄を出た浄静司達の前に現れた学生服を着た高校生二人。

「はい!本日招集されました!阿僧祇あそうぎです!」

「同じく。那由多なゆたです!」

「そうか、中に満島がいるから指示に従ってくれ」

「「はいっ!!」」

 二人の少年は元気よく返事をする。


 浄静司達と別れて監獄内に入る。

「おいおい、まじか!満島さんだってよ!」

「まじテンション上がるんだけど!」

「聖童師界屈指の王道清楚眼鏡美人!」

「俺生で見たことないんだよね」

「まじ?俺前に一回だけある!」

「いいなぁ!」

「でもあの時はめっちゃ遠かったんだよ。

 しかも隣には聖童師界屈指の王道清楚着物美人!どっち見ていいかわかんなくて結局目のピントが合わなくて記憶にあんま残ってないんだよな」

「ははは。俺でもそうなることが簡単に想像できるわ」

「だから今回は絶対に網膜に焼き付けて脳みそに貼り付ける。たとえ他の記憶が無くなっても…な!」

「その気迫を少しでも聖童師の方に回せればな。もっと上にいけると思うんだけどな」

「余計なお世話だ。欲に従え。それが俺のモットーなんだ」

「はぁ、知ってるよ」


 管制室に向かう間、二人が他愛もない話で盛り上がってると、前から近づいてくる二つの人影。

(コツコツ、コツコツ)

 照明に照らされて、二人の容姿が明らかになる。

「…」

「は、初めまして!本日満島様より、お招きされ馳せ参じまひっ、ました!よろしくお願いいたいたしまふ!」

「っ!!おい、テンション上げすぎてギアチェンジ失敗してるぞ。ちゃんと油差してんのか?」

「ば、ばっかやろう!それどころじゃねぇよ!

 聖童師界屈指の王道清楚眼鏡美人の満島様、そして聖童師界屈指の王道清楚着物美人の蓮華桜様の御前だぞ!

 どっちだ!どっちを見ればいいんだ!俺の欲望がせめぎ合ってる!!前が見えないぞ!

 それでも、一瞬見たぞ!見ただけで体が動かなくなった!今、俺に動かせるのは口だけだ!実物はまさに天女!立ってるだけで全てをひれ伏せさせる。そんな力がある!今は何も見えないけど!なにか、体の奥からなにかが漲る!今の俺なら死者蘇生すら児戯じぎに等しい」

「大丈夫か!意識を保て!白目向いてるぞ!!

 落ち着け、お前はかすり傷程度しか治せないちっぽけな男だ!」

「いいやできる!今の俺は神の操り人形。細胞一つ一つを知覚してるんだ!」

 阿僧祇あそうぎはその場に立ち尽くし、訳の分からない事を叫び泣く。目を開きながらの号泣に周りは焦らざるおえない。

 目の前でそんなことをされれば当然。

「えーっと、君たち頭大丈夫?」

「あぁ、なんという慈悲深きお言葉。そのお言葉、心に深く刻まれました」

「えと…」

 まともじゃない返答に満島は言葉を失う。


「すみません気にしないでください。那由多なゆたです。で、こっちは阿僧祇あそうぎです。普段からこんなんなので大丈夫ですよ。

 それより俺たちはどうすればいいですか?」

 阿僧祇と違い、那由多は冷静な対応を見せる。そんなごく普通の対応は、満島と蓮華桜から少なからず好感を持たれる。そして今、二人の視界から同時に外された事を阿僧祇は知らない。


「それ大丈夫じゃ…まあいいや。

 君たちは管制室で待機していてください。おそらく無いとは思いますがもしかしたら治療をお願いするかもしれません」

「かしこまりました。

 おら、行くぞ」

「あぁ、満島様。蓮華桜様。あなた達の為なら俺はどんな傷だって治します」

(ズズズ)

 引きずられた痛みか、はたまた二人と離れたからか、正常に戻った阿僧祇の心。

「おい、引きずるな痛いだろ」

「なら自分で立って歩けよ」

「それは無理だ。腰が抜けて力が入らないからな」

「だったら文句言うな」

「すみません」

 されるがまま、腕を引っ張られて引きずられる阿僧祇は体が動かないから他の事を考える。


「それにしてもお前よく平静でいられたな。あのお二人を前にして」

「バカ言うな。俺は一回死線を超えたんだ」

「?」

 突然の那由多の言葉に理解が追いつかない阿僧祇。


「対面した時に俺の心臓は一度止まった。

 それでも頭は何故か冷静だった。体は動かなかったけどな。気づいた時には聖気せいきで無理やり心臓を掴んで動かしてたんだ。

 俺、治癒師として一段階レベルが上がったよ」

「お前…そんなことになってたのか」

「ああ」

「なぁ、俺も今ならできそうなんだよ。だからさもう一回心臓止めてみてくれよ」

「出来るかぁ!!」

「そこをなんとか。一回も二回も変わんないだろ?」

「変わるわ!」

「ちょ、ちょっと待って」

「おいおい何すんだ?」

 阿僧祇なんとか腕を動かして背負ってたカバンの中からナイフを取り出す。

 そして。

(ざしゅっ!)

「いってぇー!!」

「バカやろう!なんで指を切ってんだ!」

 あろう事か、阿僧祇は自分の人差し指をナイフで切り落とした。


「少し集中する。

 …………

 満島様。蓮華桜様。俺に力を……」

(じわーっ)

 人差し指に添えられたもう片方の手が淡い光に包まれる。そこから広がり人差し指も淡い光に包まれた。

 じわじわと切り口から新たに指が生えてきた。

「ほらきた!!治せたぜ!よっしゃあ!!」

「よ、良かったぁ。焦らすなよ。てかキモッ、誰に祈ってんだよ」

「俺たち死線を超えて強くなったな」

「あ、ああ、まあそうだな」

「やべ、もう聖気空っぽだわ」


 ここに将来聖童師界を担う治癒師二人が誕生した。

 片や欠損部位の完全再生。片や心停止からの即復帰。しかし未だ成長途中である。

 取り残された人差し指は後日行われた工事の際に流し込んだコンクリに誤って入り込んで固まり、万寿監獄の一部となった。


 雲に隠れていた月が顔を出す。

 戦闘開始まであと三十分。

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