第15話 マニラ講和会議

西暦1946(昭和21)年3月12日 フィリピン・ルソン島 マニラ


 サクソニア共和国の原子爆弾による攻撃で灰燼と帰したマニラの一角、どうにか全壊を免れた建物の一室を借りて行われた講和会議は、初っ端から平行線を辿ろうとしていた。


 まずサクソニア側はマリアナ諸島・グアム・フィリピンを自国の植民地とすると主張し、その上でインドシナ地域や、パラオやマーシャル諸島といった近隣の島嶼地域の非武装化を要求。対するアメリカ側は、『今後の貴国の侵攻に対する予防策』としてインドシナ地域の武装化とマーシャル諸島の要塞化を認めてもらわない限り、フィリピンを譲り渡す事は出来ないと抵抗。真っ向から対立する形となっていた。


 そうして講和のための会議が長引くと予想される中、サクソニア首都アレシアの軍務委員会本部では、ペリクス軍務委員長が制服組と背広組のトップ達を集め、より本格的な国防方針を策定する会議を開いていた。


「我が偉大なるサクソニア共和国は、新たに300万平方キロメートル以上の領土を野蛮なる異教徒から解放し、創世神の威光の届く範囲を広げる事に成功した。その上で軍の編制と国防方針を大幅に改定する必要が出てきた」


 その言葉に従う様に、共和国地上軍参謀本部長の元帥は、説明を引き継ぐ。


「まず、オガサワラ諸島への進撃計画は、エメーリティア合衆国の悪辣なる戦略的襲撃によって頓挫し、同時に交戦が予想される海域の急激な拡大に応じた国防戦略の見直しも求められる事となった。今後は海洋軍に対して大きなテコ入れがなされるだろうが、地上軍も適切な増強と配置を行わなければならない」


 フィリピンはサクソニア本土とは地理的状況が異なる地であり、〈ウェリテウス〉中戦車からなる機甲部隊が多大な活躍を見せた一方で、密林という環境を活かした襲撃による被害も侮れず、今後の植民地化政策において障害となるであろう抵抗勢力を如何に殲滅するかが地上軍の課題となっていた。


「航空軍も同様です。先程、ジパニアがチチジマ島に新たに建設した飛行場に、フォラーティエンジンを搭載した新型戦闘機を配備したとの情報を得ました。敵もフォラーティ戦闘機の開発と配備を進めていく事を考慮すると、装備の近代化スピードを速める必要があるでしょう」


 航空軍参謀本部長の言葉に、一同は頷く。いずれにせよ、共和国軍も今後の戦争再会に備えて変革を迎える時が来たのだろうと、ペリクスは痛感していた。


 その後、新たな予算が承認され、サクソニア軍は直ちに編制の変更が行われる事となった。その内容は以下の通り。


・地上軍は本土戦力として5個方面軍、15個軍団の編制を維持。うち5個師団は船舶ないし輸送機による迅速な展開が出来る様に旅団規模へ縮小し、余剰の将兵及び装備で新規に3個旅団を編制する。


・フィリピニシアには軽歩兵と少数の装甲車両からなる歩兵旅団を6個、主要都市防衛を担う機械化歩兵師団を3個配置し、フィリピニシア方面軍を構成。ガムス・マリーナには3個歩兵大隊を配置し、マリーナ守備隊を構成する。


・海洋軍は海域拡大と仮想敵国の戦術に対応するべく、大型巡洋艦12隻、巡洋艦36隻、駆逐艦84隻、警備艦艇72隻、潜水艦48隻に加え、戦列艦6隻、制空艦8隻を建造。海洋軍航空隊も設立し、戦闘海域の制空権確保と、空中からの敵艦捜索能力を確保する。


・航空軍は防空軍と合併し、本土の9個航空師団に加え、フィリピニシアに2個航空師団、マリーナに1個航空師団を追加配置。『裁きの火』運用をメインとする戦略爆撃機師団を新編する。


・・・


3月26日 フィリピン


 会議から2週間が経ったその日、会議は決着を迎えた。流石に本国から『これ以上戦争を継続できるだけの余裕がない』とせっつかれた以上、妥協点はないものか探すのに必死となり、こうして納得できるラインを定めるに至っていた。


 そうして結ばれた条約の内容も、妥協の産物である事が伺えるものだった。パラオとボルネオ島北部のみが非武装地帯とされ、双方どうにか納得できる線引きが行われたのである。


 そうして結ばれた『マニラ条約』は、戦後50年に渡り、アメリカ率いる自由主義国家群と、サクソニアを中心とした宗教主義国家との間で起きたであろう大規模戦争を阻止するに至ったのである。

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