第13話 セレベス海海戦③

西暦1946(昭和21)年2月11日 フィリピン南部 セレベス海


 深夜、米海軍第3艦隊は水上機動艦隊を中心に戦隊を組み、ミンダナオ島への艦砲射撃に赴くサクソニア海軍赤蛇艦隊へ強襲を仕掛けていた。


「撃て、撃て!これまでの借りを返してやれ!」


 戦艦部隊を率いるジェシー・オルデンドルフ中将の命令一過、8隻の戦艦は隊列を組み、一斉に砲撃を放つ。重量1トンオーバーの16インチ砲弾が一度に72発も降りかかるとなれば、如何に機動力で先手を取れるとはいえ余りにも危険に過ぎた。そして実際、第一射で巡洋艦1隻が直撃弾を被った。


「じゅ、巡洋艦「ラグーサ」、被弾!落伍始めました!」


 「ポーペイ」の艦橋に、絶叫に近しい報告が舞い込み、レーベルは歯噛みする。それと同時に、3隻の大型巡洋艦も一斉に30.5センチ砲弾を放つ。ドレノ級大型巡洋艦の主砲たる55口径30.5センチ三連装砲は、1発当たりの装填時間が凡そ30秒未満と早く、砲塔1基だけで毎分6発は放つ事が出来る。後続の巡洋艦も連射速度に優れた主砲を持っているため、投射火力は負けていない筈だった。


 だが、巡洋艦12隻と駆逐艦21隻で構成される赤蛇艦隊に対し、米海軍が投じるのは戦艦8隻、重巡8隻、軽巡2隻、駆逐艦12隻、軽空母2隻の大艦隊。しかも赤蛇艦隊は先の空襲で巡洋艦3隻と駆逐艦4隻を失い、先程巡洋艦1隻が無力化されている。三つある駆逐艦部隊のうち二つは敵の水雷戦隊と雷撃の機会を巡る戦闘を繰り広げており、残る一つも敵の巡洋艦と激しい撃ち合いを演じている。正直言って不利の一言でしかなかった。


 だが、素直に下がれる余裕もなかった。もしここで尻尾を巻いて逃げ出してしまえば、相手は沿岸に沿う様に進撃する地上群部隊に対してその巨砲を向けかねないし、ただ逃げ帰って敗軍の将の汚名を被るだけなら、この場で出来る限りの抵抗を見せて同情票を稼ぐしか方法はないだろう。


 首都アレシアや各地の港湾都市では、造船所を持つ企業をメインに、エメーリティア海軍脅威論を声高に叫んでおり、例の航空機運用能力を持つ特殊戦術艦をメインに新型艦艇の開発と建造、規模の増強を求める世論が形成されている。であれば出来る限り戦場で藻掻いて、その果てで臨む形の負け方をすれば、『あの大艦隊を前にすれば、如何なる知将でも苦戦は不可避だ』と納得してくれよう。


「とはいえ、生きてピレスの港に帰れるかどうか、不安しかないがな…艦長、恨んでくれるなよ」


「何を今更言うのです。此度の戦は異教徒どもがしつこかった、ただそれだけの事です。斯様な負け方など、創世神も仕方のない事だと審判の地で許してくれますでしょう」


 艦長がそう軽口を返したその時、通信士が報告を上げてきた。


「提督、航空軍より通信です。本艦隊に対し、支援部隊を派遣したとの事です」


・・・


 それはまさに、闇夜に関わらず青天の霹靂であった。赤蛇艦隊上空に展開した、第3航空師団に属する40機の重爆撃機は、機首の大型レーダーで米海軍艦隊を確実に捉えていた。


「敵艦隊捕捉。各機、攻撃態勢に入れ」


 飛行隊長の命令一過、40機は数機単位で分散し、米艦隊へ詰め寄る。そして距離が20キロメートルを切ったところで胴体の爆弾倉を開いた。


 航空軍はこの世界に転移する以前より、より安全かつ効果的に敵艦船に打撃を与える手段として、誘導式ロケット弾の開発を進めていた。すでに実戦で誘導爆弾による対艦攻撃は成されているが、滑空爆弾である上に母機からの無線通信による指令誘導であるが故の射程距離の短さと、誘導中は母機は回避行動をとる事が出来ないという被弾・撃墜のリスクの高さが浮き彫りになっていた。


 そこで、現状の電子技術で成し得る水準で誘導ロケット弾の開発と量産が開始され、今になってそのプロトタイプがお目見えとなっていた。GR-AF46-1〈ダガー〉の名称が与えられたそれは、発射直後は母機のレーダーから照射されるレーダーに従って大まかな方向へ飛翔し、距離1万メートルにまで迫ったところで弾頭部の小型レーダーで直接探知。目標に向けて自動追尾するというものだった。


「各機、発射」


 命令一過、重量3トンに及ぶミサイルが投下され、空中で固体ロケットモータに点火。赤い炎を噴き出しながら飛翔を開始した。相手はすでにレーダーを逆探知している様だが、夜間での対空射撃など経験が少ないためか、応戦する様子は見られなかった。とはいえ注意を赤蛇艦隊から逸らす程度には役立っていた。


「くそっ、航空機も夜襲かよ!対空戦闘準備!」


「っ、待って下さい!レーダーに複数の飛翔体を探知!信じがたい速度で急接近してきます!」


 レーダー員の報告から数十秒後、40発の〈ダガー〉がレーダー波を放ちながら戦艦部隊へ迫る。レーダーを装備したマーク37射撃管制装置を有するとはいえ、この闇夜で艦載機よりも小さい飛翔体を正確に捕捉し、対空砲の射撃を命中させるには精度が足りなかった。


 直後、轟音とともに火柱が巻き起こり、夜空が赤く照らされる。それは「ポーペイ」の艦橋からもよく見えていた。


「今だ、撃ち返せ!炎上している艦から優先的に攻撃しろ!」


 命令は明確にして効果的だった。〈ダガー〉の一撃を受けた重巡洋艦は機関にも損傷を負い、行き足が止まりつつあった。そこに30.5センチ砲弾が流し込まれる様に降ってくれば、ひとたまりもなかった。


 他方で空母艦隊もまた、水面下からの刺客に頭を悩まされていた。14型海中巡洋艦は複数隻で空母打撃群に迫り、一斉に魚雷を発射。不意打ちを受けた駆逐艦が一撃で航行不能になり、巡洋艦に空母も被雷していく。さらにそこに〈ダガー〉を装備した重爆撃機が襲い掛かり、1隻、また1隻と破壊していった。


 斯くして、『セレベス海海戦』は引き分けに終わった。史上初の対艦ミサイルが大々的に投じられた戦いとなったこの海戦は、赤蛇艦隊が巡洋艦5隻、駆逐艦11隻を失う一方で、米海軍第3艦隊も巡洋艦5隻、駆逐艦7隻が沈没し、戦艦3隻と空母4隻が損傷。航空戦力も損耗比率で言えば差は殆どないという状況であった。


 だが、この海戦を機にアメリカは東南アジア方面の戦力を削がれ、対するサクソニア共和国も、フィリピン全土の占領により多くの時間を割く羽目になったのである。

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