第1話 黒龍艦隊、襲来

西暦1945(昭和20)年9月5日 浦賀水道付近


 ポツダム宣言の受諾と共にすべての戦闘状態停止を進めていた日本に、未知の大艦隊が現れたのは、玉音放送から丁度3週間後の事だった。


「…つまりは、我が国の軍門に降れと?」


 大型巡洋艦「ドレノ」の艦内士官室にて、重光葵しげみつ あおい外務大臣は問う。対するサクソニア共和国の使者、国務省次官のハレウスは、高圧的な態度で臨む。


「然り。すでに我々は本土北部の島々を占領し、そこに駐屯していた武装勢力をも掃討している。そして我らには、貴様らを容易く捻じ伏せる事が出来るだけの軍事力がある。余計な損害を負いたくなければ、速やかに我らの下に降り、要求を受け入れる事だ」


 ハレウスの言葉に、重光は苦々しい表情を浮かべる。今から2週間前、フィリピン東部を襲撃し、同時に全世界に向けて宣戦布告を行った謎の国は、それから1週間の間、日本近海に艦艇を展開し、威圧を仕掛けてきていた。あの米軍に一泡吹かせた未知の軍隊であるが故に、政府も表向きは武装解除を進めつつも、万が一の事態に備えて臨戦態勢に戻る事が出来る様にしている。


「捕虜から聞いたところ、お前達の国はアメリカとかいう者どもとの戦争で大分苦しい状況にある様ではないか。今我が国の要求を呑むというのなら、偉大なる創世神の名の下に、軟弱な貴様らを庇護してあげてもいいのだぞ」


「…」


 余りにも不遜にして高慢な物言いに、顔が歪む。だが不快感をより強調するのは外交官として拙い事を知っていた。


「…分かりました。ですが少し、考える猶予を下さい。1か月後には解答をお送り致しますので」


「そうか。だが愚かな考えはするなよ。我らには貴様らを10回は皆殺しに出来る程の力があるのだからな」


 そうして重光は数人の部下とともに「ドレノ」を後にする。戦艦に迫る巨体を持つ大型巡洋艦の直ぐ隣に錨を降ろしていた海防艦に乗り込み、重光は小さく舌打ちを打つ。


「こちらの足元を見て来おって…しかも弱みに付け込んであの様な無礼な要求を求めてくるなど…」


「ですが、この大艦隊を敵に回すのもまた、今の我が国にとっては非常に危険な事です」


 迎えに来た艦長の言葉に、重々しく頷く。『黒龍艦隊』の異称を持つこの艦隊は、30.5サンチ砲を有する大型巡洋艦が3隻、重巡洋艦が3隻、軽巡洋艦が6隻、駆逐艦が21隻、補給艦9隻の計42隻。全盛期の連合艦隊であれば余裕で迎え撃つ事が出来ただろうが、今横須賀に残されているのは浮き砲台と化した戦艦1隻に駆逐艦数隻のみ。沿岸砲台もほとんどが無用の長物と化しており、洋上から帝都を容易く破壊されるのは目に見えていた。


「今はただ、時間稼ぎをして万が一に備える事しかできますまい。今の我らはただただ無力なのですから…」


 艦長の苦々しい表情に、重光は同意を示した。


・・・


9月6日 沖縄本島 那覇


 米軍の占領下にある沖縄の那覇。第10軍司令部にて二人の男が対峙していた。


「将軍もご存じではあるかと思いますが、現在サクソニア共和国を名乗る軍事勢力は、フィリピン東部および北マリアナ諸島へ軍事進攻を行い、そして我が国に対しても恫喝を仕掛けてきております」


 日本側の使者である吉田茂よしだ しげるの言葉に対し、連合軍総司令官のダグラス・マッカーサー元帥は頷いて応じる。


「ああ…彼の国の暴虐に対し、ホワイトハウスは直ぐに決断を下した。先ず経済支援と技術面での軍事支援を条件に、ソ連から大量の資源を購入。そして連合国全ての同意を以て、サクソニアとの戦争に突入する。その中には、連合国への参加を前提条件とした貴国への軍事支援も含まれている」


 マッカーサーはそう言い、吉田は「やはりか…」と呟く。マッカーサーはその様子を見つめつつ、言葉を続ける。


「ホワイトハウスは、今のところ貴国の政治体制に対して横槍を入れるつもりは無い。だが、貴国も貴国なりに誠意を見せて、平和を取り戻すための戦いに参加しなければ、我が国は貴国を見捨てる事となるだろう。確か、貴国の下に彼の国の使者が来たそうだな」


「ええ…我が国は真の意味で独立主権の危機に立たされています。そして彼の国は、先程自分達の軍事力を誇示する目的で、マニラに対して攻撃を仕掛けたと聞き及んでおります」


 国家元首の排除と自主独立の放棄、軍隊の解体などを日本のみならずアメリカにも求め、そしてこの要求に逆らうとどうなるのかを、サクソニアはすでにフィリピンへの『攻撃』で証明していた。ラジオのハイジャックを介した公式発表では『マニラに救う異教徒どもを『神の火』によって消滅させた』と喧伝しており、マッカーサーは彼の国が取った『攻撃』の正体を察していた。


「サクソニアは自身の軍事力が一番優れていると信じ、容易く暴挙に走る危険な国であると、我らは認識しております。私も政府に対して進言し、貴国にとってよい返事が得られる様に努力致します」


「うむ…私も近々、連合軍の総司令官として貴国の政府へ顔を見せる予定だ。急速に変わりゆく状況に対応するべく、私も働きかけてみせよう」


 そうして二人は立ち上がり、握手を交わす。この二日後、フィリピン及び北マリアナ諸島に展開していた米海軍艦隊は、それぞれサクソニア共和国本土に対して攻撃を行う事を決定し、出撃。サクソニア側もこの動きを察知し、臨戦態勢を整え始めたのである。

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