序章 第二次マリアナ沖海戦

 戦争はいつだって、唐突に始まるものである。


 例え宣戦布告で礼儀正しく刃を抜いたところで、相手が如何様な手で傷を与えてくるのか、予想など出来ないからだ。


 しかし、今回の件に関しては、その刃すら想像しがたいものだったと言えよう。故に我らは手酷い怪我を負うに至ったのだ。


(小沢治三郎『回顧録』より)


・・・


西暦1945(昭和20)年8月15日 北マリアナ諸島沖合


 アメリカ合衆国の統治せし地である北マリアナ諸島は、燃えていた。


「何だ、あの戦闘機は!早過ぎるぞ!」


 アメリカ海軍航空隊に属するパイロットの一人は、愛機たるF6F〈ヘルキャット〉のコックピットから外を見つめながら、無線に向けて怒鳴った。


 遥か上を飛ぶのは、プロペラのない数機の航空機。その速度はレシプロ機を遥かに凌駕し、飛翔音はまるで暴風の様だった。敵機は旋回能力の低さが欠点のようだったが、徹底的な一撃離脱によってその弱みを掴ませる事なく、一方的に友軍機を海面へ叩き落としていく。


 これを止められる者は誰一人としていなかった。敵は100機以上にも及ぶ編隊で北マリアナ諸島やグアムに攻め入り、無慈悲としか表しようのない襲撃に対して、空母機動部隊の呆れかえる程の物量で拮抗する他なかった。


 洋上でも同様に、アメリカ海軍機動部隊は、海と空の双方から迫りくる敵に対して、苦戦を強いられていた。海面を這う様に低空を高速で飛ぶ双発爆撃機は、高角砲弾の照準が追い付かない程の速度で輪形陣の外縁部に迫り、航空魚雷を投下。航空魚雷は50ノットの高速で駆逐艦へ迫り、船腹へ突き刺さる。


 そうして駆逐艦数隻が雷撃の餌食となって数時間後、機動部隊に襲い掛かったのは水上艦の群れだった。長砲身の速射砲を持つ大型駆逐艦を先頭に立て、数隻の一回り小さい駆逐艦と、巡洋艦の戦列が続く。


「撃て、撃て!見ず知らずの敵艦隊なんぞに負けるな!」


 航空母艦「レキシントン」の艦橋より、艦隊指揮官のハルゼー大将は声を張り上げ、貴下の水上艦部隊に応戦を命じる。だが実際のところ、戦況は不利としか言いようがなかった。まず敵駆逐艦は、フレッチャー級のそれを凌駕する強力な主砲を持っており、射撃管制装置の質もいいのか、命中精度において自軍を上回っている。そうして此方の駆逐艦を蹴散らすや否や、今度は巡洋艦部隊が突入。ボルチモア級重巡洋艦を大口径砲弾で撃破すると、クリーブランド級軽巡洋艦に対しては恐ろしい程の弾幕を浴びせ、艦上構造物を崩す様に破壊していく。


 巡洋艦と駆逐艦が蹴散らされた後に、駆逐艦部隊は戦艦と空母へ接近。対空砲による応戦をものともせずに吶喊すると、距離1万以内という近距離で回頭。去り際に魚雷を発射したのである。この動きを察知した駆逐艦の何隻かが、勇敢にも自らを盾として致命的な一撃を防いでくれたが、戦艦「ワシントン」は左舷に3発被雷して大傾斜し、「アラバマ」は敵大型巡洋艦の砲撃で艦橋を砕かれ、行き足も敵の魚雷で潰されている。


 無論、ハルゼー率いる第38任務部隊は果敢に応戦し、敵巡洋艦1隻と駆逐艦3隻を返り討ちにした。だがそれに伴う損害として、巡洋艦2隻と駆逐艦5隻の撃沈、戦艦2隻と空母1隻、巡洋艦3隻と駆逐艦4隻の大破は頂けないものだった。


「奴らは一体、何処から現れたんだ?ジャップは持ち駒の全てを失っているし、そもそもあんな艦を建造していたなんて話にも聞いていない。西太平洋で、一体何が起きたと言うんだ…?」


 敵の強力な戦闘機と戦い、そして傷ついた艦載機が戻って来るのを見つつ、ハルゼーは葉巻を咥える。そして今西太平洋で起きているであろう返事に、一抹の不安を抱えるのだった。


 斯くして、後に『第二次マリアナ沖海戦』と呼ばれる事になる戦闘は、アメリカ海軍に久々の甚大な被害を与えた。そしてその1週間後、謎の軍事勢力はフィリピンへ侵攻し、東部地域を制圧。そしてラジオの周波数を知ったのか、公共的な通信で名乗りを上げた。


『我らはサクソニア共和国。偉大なる創世神と救世主ファリストの名に於いて、この世全ての異教徒共に聖戦を行う事をここに告げる』

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