十五 隣人

『ときに颯』

「ん?」

 五十鈴の視線が昼食のカレーに注がれる。

『飽きんのか』

「平気だけど」

 なるべく五十鈴の方を見ないようにしれっと答えると、じっとりとした視線を頬に感じた。

『我は飽いたのぅ』

「妖は人間の食べ物なんて食べなくて良いって言ってなかったっけ」

『……』

 妖たちと囲む食事のテーブル。清水からの置き土産と追加で買い足したレトルト品は種類が偏っており、短い周期で似たようなローテーションになっていた。

 なるべくなら外には出たくないのだが、こんな風に圧を掛けられてしまってはそうも言っていられない。溜息が零れてしまう。

『外が怖いなら、ついて行ってやろうか』

「必要ない」

 にやにやと締まりのない表情の五十鈴に心を見透かされたような気がして、つい突っぱねてしまった。


 外に出て早々、後悔した。家を出たとたんに隣人につかまってしまったのだ。

 まぁ、当り前と言えば当たり前の話、突然隣の家に見知らぬ者が住み始めて、しかも滅多に姿を見ないとなれば、怪しい人物ではないかと気にならないはずはないのだ。

 けれど僕としては根掘り葉掘り質問攻めにされるのは耐えがたい。そうなるだろうなとという予感に、心が委縮する。怪しまれたくないと思えば思うほど呼吸すらまともにできなくなった。手が震え、冷汗が出てくる。

「あらやだ、ひどい顔色だわ。大丈夫? とりあえず家に上がって」

「いえ、あの、大丈夫なので」

「良いから、こっちよ」


 半ば強引に引き入れられた家は、僕らの住む隣家と同様に広い家だった。キッチンはリノベーションしているのか、現代的な洒落たタイルがちらりと見えた。

 小さい子供が二人、物陰からこちらを見ている。

「とりあえず、ここに座って。きつかったらこれを枕にして横になっていてね」

 てきぱきと動く隣の奥さんに押されて、おとなしく座らせてもらうことにした。炭を焼く独特の匂いに、少し気分が落ち着いてくる。

「具合が悪そうだから休んでもらってるの。静かにね」

「はーい」「うん!」

 奥さんがキッチンへ向かう。子供たちがちょこちょこと寄ってきた。

「大丈夫?」「これ、あったかいよ」

 そう言ってひざ掛けを渡してくれた。優しいな。

「ありがとう。急にきてごめんね」

 そう言うと二人ともにっこりと笑ってくれて、じわりと胸が温められた。


 奥さんの言葉に甘えてしばらく休ませてもらった後、買い物に行こうとしていたことを話すと今日は家で休みなさいと諭された。

 たくさん作ったからとおかずもおすそ分けされて、なんだか申し訳ない気持ちになる。改めてお礼をしなくちゃな。

 不思議だ。ついこの前まで、放っておいてほしい、余計な関わりを持ちたくないと思っていたはずなのに。今は素直に感謝とお返しがしたいと思っている。

 けれど、こんな怪しい隣人の僕に、どうしてこんなに優しくしてくれるのだろう。

「困ったときはお互い様、でしょ?」

 そう言って柔らかく笑う顔が、懐かしい母の笑顔と重なって、不覚にも泣きそうになってしまった。

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