背中 《竜之介》

静かだった。


彼女の背中は真っ白でとても綺麗だった。きめの細かい肌が、ベッドサイドランプと月明かりの弱い光をうけて白い陶器のようにぼんやりと輝いている。


その背中の背骨の上に傷痕はあった。

2年前に僕を庇って有栖が背負った傷を治療するためについた手術痕。

ケロイド状の傷痕はちいさくクロスして、まるで有栖はちいさな十字架を背負っているようだった。


僕のせいで……

背負うべきは僕なのに。

「ごめんね……痛かったよね……」

僕は思わずつぶやく。

「リュウのせいじゃない…謝らないで」

彼女は静かに言った。

僕は息をするのも忘れて彼女の白い背中を見つめた。

背中に刻まれた痛々しい傷跡にそっと触れてみる。

「あ……」


有栖の口から思わず小さな声が漏れる。

「ごめんね……」

俺はまた謝罪の言葉を口にしまう。

でもこの傷は消えてなくなりはしない。僕がつけた、消えない僕の罪だ。

僕はごく自然に傷跡に唇を寄せてキスをしていた。

「リュウ……?」

戸惑ったような有栖の声を無視して、まるで動物が傷を癒すように彼女の背中の十字架を舌でなぞる。

「ん……あ……」

傷跡に触れた瞬間、有栖のからだはびくんと震えたが、やがてその震えもとまり、代わりに小さな吐息が漏れはじめた。

僕は有栖の傷跡に何度も何度もキスを繰り返した。

この十字架が、彼女をずっと守る彼女の強さのしるしになるように。


僕と有栖の背中を静かに月明かりが照らしていた。




次回最終回です

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