僕の誕生日 《竜之介》
そして僕の18の誕生日だ。
法律的には大人で結婚もできる歳になる。
ずっと、早く大人になりたかった。
だけど18になったからと言って、急に大人になれるわけではなく、僕はまだ無知で未熟で、お金だってまだ小遣い程度しか稼げず、兄はいつも2歩も3歩も先をいってしまう。
有栖は、朝から僕のためにケーキを焼いてくれた(レシピが兄直伝っていうのがなんか癪だが)。ブランチもディナーもつくると張り切ってくれたが、一緒に作りたくて僕も手伝った。
僕のがちょっと手際がいいしね。
ふたりで作ったちょっとだけ上等なディナーを向かい合って食べる。
しあわせだ。
もうこれ以上なにも望んではいけないくらいに。最高の誕生日。
ディナーなあと、有栖が微笑んでケーキを出してきてくれた。
「お兄ちゃんもいたらよかったのにね。せっかくのリュウの18の誕生日なんだから」
いや、2人でいいんだ。兄には悪いけど。
ケーキの上に、キャンドルをご丁寧に18本立てて、有栖がぷるぷる震える手で、マッチで火をつけようとしてくれる。
「あつ……」
「あぶない…!……から僕がつけるよ」
有栖はちょっと鈍いのだ。
そこがかわいくもあるんだけど。
嫌がる有栖からマッチを奪うと自分でキャンドルに火をつけていく。
「もう…!私がつけてあげたかったのに…!」
有栖が不満そうに言う。
しかし、とにかくキャンドルに18の炎がついた。
照明を消したリビングにオレンジの光がぼうっと灯り、有栖の顔を照らしている。
僕は、兄が用意してくれたこの部屋に、何も知らない有栖を引っ張って連れてきた日のことを思い出していた。
父親から有栖を遠ざけるために用意したこの部屋で暮らし始めて2年と少しになる。
あの日はまだ部屋に電気がきてなくて、アロマキャンドルを炊いて、水のシャワーを浴びたっけ。
有栖は覚えているのだろうか…。
聞き出せない。
有栖は記憶障害を患っている。
PTSDによる解離性健忘症だ。
思い出さないほうが幸せな記憶もたくさんあるから、できるだけ過去の話はしたくない。
「リュウ?なにぼうっとしてるの?」
有栖に言われて、ハッと現実に引き戻される。
「なんか1人でハッピーバースデーの歌を歌うのって照れるね…オンラインでお兄ちゃんや桃くんに繋ぐ?私だけじゃさみしいでしょ?」
有栖が無粋なことを言ってスマホに手をかけたので、慌てて僕はその手をつかんで止めた。
「さみしくない……っ!」
手首を急に握られて有栖がびっくりした顔をする。
「ご、ごめん…有栖と…ふたりがいいんだ……」
今日だけは、今夜だけは2人で。
「そ、そう…なら…いいけれど……」
少し驚きながらも有栖はスマホをテーブルに置く。
「そうだ…!キャンドルを消す前にリュウにプレゼントがあるんだった」
有栖は思い出したように席を立って、青いリボンのかかった小箱を握りしめて戻ってきた。
「お誕生日おめでとう。リュウがくれたブレスレットには全然敵わないけど……開けてみて…」
ちょっと恥ずかしそうに小箱を差し出した有栖の手首には、僕が彼女の18の誕生日にプレゼントしたプラチナのブレスレットがささやかに輝いていた。
特別なことがない限りいつも身につけていてくれることがなにより嬉しかった。
僕はキャンドルが18本灯るケーキの前で、リボンをほどき、小さな箱を開ける。
「……!」
やばい…泣きそう…
無言の僕に、有栖はちょっと心配そうな声を出す。
「ご、ごめんね…気に入らなかったらつけなくていいから……私もリュウがくれたみたいな身につけられるものがあげられたらいいなって思って……」
箱のなかは収まっていたのは、銀色の小さくてシンプルなフープピアスだった。
「有栖が選んでくれたの?」
コクリと頷く有栖。
僕は左の耳朶に一つだけピアスホールを開けている。
普段はラブレットタイプの目立たないピアスをしている。
母が死んだ次の日に有栖を守るという決意を込めて自分で開けた。
もちろん有栖はそんなことは知らないのだけど。
「うれしいよ…毎日つける…」
僕が言うと、毎日つけなくていいよ…と笑う有栖。
「あのさ……有栖がつけてくれる…?」
勇気を出して言ってみる。
柄にもなく照れて声がうわずってしまう。
有栖は少し戸惑っていたが、いいよと言って、細い指で小箱のピアスを取り出してくれた。
はじめてだからじょうずにできるかな……?有栖は呟きながら僕の耳朶に手をのばす。
少しだけお姉さんの顔をしているのがなんだかかわいい。
彼女がつけやすいように、僕は腿に手を置いて少しだけ身を低くする。
やがて彼女の指が僕の耳に触れた。
麻痺のある、右の指がすこし震えている。
僕は自分の耳朶に熱が集まるのを感じた。気づかれないようにじっとしている。
有栖の吐息が頬にかかり、そっと彼女はピアスをつけてくれた。
「おめでとう。リュウ…」
耳元で囁かれて、僕の中に熱いものがこみ上げる。
「有栖……」
気がついたら彼女の肩を抱き寄せていた。
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