5-3

「だけど、光は私を迎えに来ました」

 私の話を静かに受け止め、彼は頷く。

 光に飲み込まれ、目を開けた私は、病院にいた。彼は三日前にこの世を去っていた。

「あなたは私のためにたくさんのものを捨ててくれました」

 湿ったスカーフに手をかける。一つ、息を吸うと、私はそれをほどいた。

「だから、今度は私が捨てます」

 私の首には一本の赤黒い痣が走っている。彼が息を呑んだ。

 梅雨の街の都市伝説だ。雨降る梅雨の日に命を落とせば、この街へ来ることができる。その話を、彼は笑って茶化した。だから、私は信じた。

 縄で己の首をくくった。

「今回は失敗してしまいましたが、次は必ず」

 私は笑顔で言った。

 恐怖に負け、ずっと決意を固められなかった。だが、今回、ここへ来て、私は決断できた。それが誇らしかった。

「あなたの隣にいたいのです」

 彼からの言葉はなかった。その代わり、彼は黙って、松明を地面に落とした。白い仮面でそれを見つめると、彼は力いっぱい火を踏みにじった。何度も何度もそうした。

 火が、消えた。

 暗闇に私たちの姿だけが浮かび上がる。荒い息を整え、彼が口を開く。

「君には光が見えるだろう?」

 彼の背後に、うすぼんやりとした光が浮かぶ。それはゆっくりとしたスピードで、私に向かってくる。

 私の視線を追って彼が振り返る。そして、もう一度私を見て、言った。

「だから、さよならだ」

 明るい声だった。たまらく憎らしかった。私の決意を切り捨てるような言葉に、怒りにも似た感情が溢れ出す。表情を隠す白い仮面に苛立ち、私は傘を放り投げる。彼の仮面に手を伸ばす。彼が身を引く。私の方が速かった。

 仮面が外れた。

 現れた懐かしい顔は、灰の色をし、ひびが入っていた。そして、唯一、生気のある瞳は潤んでいる。

「私はあなたの隣にいたいです」

「僕も君の隣にいたいよ」

 光は無慈悲に私に歩み寄ってくる。もう一度、私の思いを告げようと、深呼吸をした。だけど、彼は私を抱きしめた。

 レインコートの隙間から、灰が零れ落ち、私の肌に触れる。彼は私の背に手をまわした。私もそうした。だが、互いに強く抱きしめることはできない。そうすれば、彼の身体は崩れてしまう。

 もう、光はそこまで来ている。

 彼の震えた声が聞こえた。一生懸命、一言ずつ、彼は私に伝えた。私はその言葉を受け入れることができず、返事をしなかった。

 光が私をさらった。

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