ポーカーフェイス



粉臭い教室に一人佇む。


当番の仕事だと言わんばかりに残されたそれを淡々とこなす。


カーテンが揺れて、外の声が中に零れる。どこかの部活が熱を上げているようだった。

思わず足を進めて見渡してみれば、季節の落ちかけた葉っぱがさらりと舞っていた。もう、秋になるみたいだ。


窓というフィルム越しに見る学校も中々に悪くない、と、思いかけた頃声が落とされた。


「なにしてんの。」

「わ。」


急転直下。一人の世界に浸っていた私は、変な声を出しつつ振り返る。非常に情けない。

声の主はそれはそれは気だるげに扉に寄りかかって、軽蔑するかのような目を向ける。


居心地の悪さに、少しばかり背中に汗をかいては手元を見る。ああ、終わってない。


「そっちこそ。なにしてるの。」

「俺は待ち人がこないんだよ。」

「そ、か。」


出来れば聞きたくない話だった。

彼の好きな人の話。何度聞かされたか分からないが、いつ聞いても耳を塞ぎたくなる。


が、いつも通り何事もなかったかのように表情は崩さない。私なりのポリシーだ。


「で、それ一人でやってんの?」

「…うん。なんか先に帰ったみたいで。」


別にいいんだけど。と、思いつつ、彼の顔が曇るから言葉を連ねるだけ不愉快にさせるだけの口を閉じる。


気まづい、んだよなぁ…。いつもこう変な風になる。いつからこうなったんだろう。



ちゃんと仲のいい友だちでいるはずなのに、私の意識の向こうにある“好きな人”って言うのがあまりに明確だからかな。



「手伝うよ。」


いつの間にか傍にいた彼が、そっと手を伸ばす。

夕暮れが始まる教師の隅で照れ臭い感情を押し殺した。



「大丈夫。それに、好きな人が見たら誤解するよ。」


遠回しに、距離を取った発言。例にも漏れず彼は汲み取ることはない。


視線を外したまま言葉を紡ごうとする癖を、見抜けない私も大概か。


「俺の好きな人、好きな人がいるんだって。」

「……へえ。そりゃ辛いね。」


これはあくまでも同感しただけ。私だって同じだ。


ふわ、と入り込む風が髪を靡かせる。性懲りも無く距離を取り続ける私を嘲笑うかのような風だ。


もうすぐここを出なければ、いつも乗る電車に間に合わない。頭で分かっていても、一緒にいられるのが嬉しいから忘却する。


「なんで、」


それに、なにか始まる気もした。

この終わりのない気持ちが終わる、そんな予感がした。


きっと彼は好きな人の名を言うつもりだ。友だちが長かったから、なんとなく察した。


好きだよ、と先に言ってしまおうか。などと言う邪推が頭を過ぎる。

思わず彼の顔を見るが、未だに視線を絡める気はないみたい。


「…。」

「私、さ…。」


言おうとして言葉が詰まる。あれ、なんで出てこないんだ?

いや、言葉が出ないのではない。単純な話、関係が壊れるのを恐れているからだ。


前にも一度だけあった。言えるタイミング。


でも、言わなかった。仮に恋人になったとしても、いつかくる別れに耐えられそうにもなかったから。


このまま。そう、このままさ、言えないままだって別に構わないじゃないか。


そんな思考は、すぐに散らされる。彼の吐く言葉があまりにも猛毒を孕んでいたから。


「…気づいてるよな?」

「……。」


実はね。お互い言わないだけなんじゃないかと、それなりに気づいてはいたんだ。


遠回しに距離を取ろうと思ったのも、一度冷静になりたかったんだ。この綺麗すぎる関係が崩れ始めるのを見たくないから。


彼からの告白を聞けそうにもなかったから。




「そっちこそ。」












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