キチガイおばさん編

第22話 偏見妄想キチガイおばさん

 昨日付けで懲戒免職になったことは、課長の口からみんなに伝えられた。俺は窓際族なのでその話には参加できないわけだが。新聞紙にも小さくだが記事があった。


 誰もがショックの声と彼が退職したことを悼む声をあげていた。会社全体が腐っている。高橋だってそこまで仕事ができたわけじゃなく、ひたすら俺をいじめていただけなのに。


 リスナーに全部ぶちまけられたらどれだけ楽だろう。そんなことできる立場じゃないから、俺はまた今日もヒローワークを見つめるだけだ。


 新緑の森林が消滅して一か月。俺はダンジョン配信をして懸命に広告料と少量のスーパーチャットを糧に生きていた。あの日もらった五万円……少し間引かれて数万円が効いている。野々花には感謝してもしきれない。


 昼休み。コンビニで買ったパンを食べようとしたところに、お茶くみの事務がやってきた。名前は確か……松山さん。


 兼業で配信をしている彼女なら、俺の正体がなんなのか知っていてもおかしくない。それをバラしに来たんだろうか。それはそれで、変な虫が寄り付かなくなるからいいんだけど。


「……ちょっと話があるの」


「どこで?」


「近くのファミレス。あ、割り勘はしないからね。女の子に奢るのは男の務めでしょ」


「は、はあ……」


 もう四十代で女の子という歳でもないだろうに、よく言えたものだ。まあスパチャが野々花の五万とちょろちょろとしたものが入っているから奢るのは無理ではないけど。自分から奢れという女性は嫌だなあ。


 俺たちは近くのファミレスに入り、偶然空いていた席に対面で座る。俺は出来るだけ安い卵雑炊を、松山さんは遠慮せずメニューで一番高いステーキを頼んだ。もう何も言う気はないよ俺は。


 店員さんにメニューを伝え終えて、お冷を一口飲んで一息ついた俺に、松山さんは無粋な視線をぶつける。


「あなた、神憑きなんですって? 嘘がうまいのね。天城野々花になんて吹きこまれのか知らないけど、高橋くんをハメて辞めさせたんでしょ。高橋くんみたいないい子があんなことするはずないもの」


 ああ、そういえば松山さんは高橋がお気に入りなんだったっけ。よく書類のコピーを持ってきてはダンジョン話に花を咲かせていたから。でもなんで高橋をやめさせたって話になるんだ?


 松山さんは自分の腕を両手でさすりながら、きっと俺を睨む。


「もう前ほど高橋くんのこと、好きじゃないんだけど……。でも、わたし不正は許せないの。あなたは不正を働いて高橋君をやめさせた。そうよね?」


「僕にはわからない案件ですね。そもそも、底辺窓際族の僕がどうやって正社員としてばりばり働く高橋君を陥れられるんですか? 毎月の生活だって精一杯なのに……」


「だからよ。高橋君が妬ましかったんでしょ? 今なら会社都合ってことにして辞めさせてあげるから、正直に話しなさいな」


「何もしてないことを白状しろと言われても。実際、見ていたでしょう? 嫌がる女の子に執拗にお付き合いを要求したり、セクハラまがいのことをしていたのを。自分で言うのもなんですけど、高橋から彼女を守ったことになります」


「その根底が間違ってるのよ。あの子は嫌がってるふりをしていただけ。本心では高橋くんに惚れてたはずよ。それを邪魔したのはあなた。守った? 笑わせないで。わたしには全部わかるんだから」


 えぇ……。全部わかってないの間違いじゃないか? 野々花のあの嫌がりようを演技だと言いきる頭の中を見てみたい。きっと幸せになる粉が詰まっているに違いない。


 呆れて何も言えなかったのを肯定ととったのか、テーブルを強めに拳で叩いて松山さんは身を乗り出す。


「認めるのね? 私から課長に言っておくわ。上に言ってなんとか高橋くんを戻してもらって、あなたを辞めさせるようにね」


「ちょっと待ってください。こちらには証拠もある。高橋はアーカイブを消していたけど、俺と天城さんのアーカイブは残っています。そうである以上、証拠は残り続けることになる。高橋を戻したら会社は大変なことになりますよ」


「あなたがいたほうがよっぽど大変よ。高橋君は人懐っこくて可愛い、大型犬みたいな子だから、あなたが嫉妬するのもわかるけどね」


 ええい、このおばさん俺が下手に出ていればいい気になりやがって。でも底辺窓際族の俺はあまり言い返してはいけない。本気にされて課長に言いつけられたら不利になるのは俺のほうだ。


 にしても、高橋への執着心が強すぎる。異性に嫌われ続ける呪いの指輪があまり効いていないようだし。もしかして。


「松山さん、高橋のことが好きだったんですか?」


 松山さんの顔色が変わる。ビンゴか。どうりで呪いの効きが悪いわけだ。社内恋愛で、しかも女性のほうが年上だなんて。体の関係があったとしてもおかしくはない。


 俺がせもたれにもたれたところで、料理が運ばれてくる。松山さんのプレートの上でじゅうじゅうといい音を立てる肉が羨ましい。ファミレスの隣に銀行があるから、あとでどれくらい広告収入があったか見ないとなあ。


 俺がじっと見ていたのがバレて、松山さんがガッ、と音が立つほど乱暴にナイフを入れて一口食べる。俺も卵雑炊を口に運ぶと、やはり自分で作ったものよりはるかに美味しい。


 松山さんは俺といるのが嫌なのだろう。てきぱきとステーキを食べ終わって席を立った。


「あ、そうそう。あなたの力が嘘だってことを照明するために、ジャマーを用意したの。あなたの天下も数日後で終わりね」


「どういう意味ですか」


「このジャマー、きちんとダンジョンで得た能力じゃないと発動させないようにしてある仕組みなの。どうやって違法に能力を手に入れたか知らないけど、これであなたもおしまいよ。四日後、私が案内するわ。ダンジョンの中身は煉獄の火山。怖いなら仲間を連れてきたっていいのよ」


「……わかりました」


 変に素直な俺が気に食わないのか、フン、と鼻を鳴らして松山さんは去っていった。俺は早急に卵雑炊を食べ終わってお会計を済ませ、振り込まれているだろう広告収入を確認しにいった。


「に、二十七万!?」


 人目もはばからず叫んでしまって、周りの人に笑いながら会釈をして銀行を後にする。記帳された通帳には確かに二十七万八千円が振り込まれている。今の給料が十三万だから、2倍だ。


 これなら理不尽に飲みに連れていかれても払えるし、生活にも困らない。まだ家賃の滞納などがあるから会社をやめられないけど、これで借金も少し払える。


 お恥ずかしながら、俺には家賃滞納や光熱費滞納による借金がある。アパートの大家さんがいい人で半年分待ってくれてるが、やはりこの金が入ったなら少しでも返済にあてなければ。


 俺はほくほくと会社に戻ろうとすると、松山さんが通り道に立っていた。俺が怯えると、松山さんは俺のそばに歩いてきて封筒を奪い取った。


「なっ……!」


「今高橋くんは女子高生との裁判でお金がないの。これはあなたからのお詫びということでいただいていくわよ」


「そんな! 高橋がやったことは高橋が……」


「うるさいわね、この犯罪者! 後輩がかわいそうだと思わないの!? このキチガイ!」


 松山さんは鼻を鳴らすと、そのまま会社のほうに歩いていってしまった。通行人の視線が俺に突き刺さる。俺は金をとり返すことができず、結局退社時間までお金は返してもらえなかった。


 やっと大家さんに恩返しできると思ったのに。そんな俺のスラックスのポケットに入っているスマホのバイブが鳴る。取り出して見てみると、アキラからだった。


「もしもし……?」


『おーっす、おっさん! なんか元気ないね。どうした? 今日広告収入が振り込まれる日だと思ったけど』


「盗られた」


『え?』


「お金、全部盗られちゃったよ……」


 情けなくて涙がじわじわと湧いてくる。まさか人の往来が激しい道の中で泣くわけにはいかないのでぐっとこらえるが、嗚咽は我慢できなかった。


『盗られたって……。会社のやつにか?』


「……うん……」


『その会社のやつら、本気で腐ってんな。なんで辞めないんだよ』


「自分の意思で辞めることは許されてないんだ。申告したらクビ扱いにして辞めさせるって言われてるから」


『クビだとなんかあんの?』


「まあ、いろいろとね」


 クビになると、次の就職に繋がらない。だから、会社には逆らえないのだ。


 アキラはまだ学生だからそんなことはわからないだろうけど。弱音を吐きたい気分だった。


「どうしよう……」


『あー……。俺んち来るか? なんなら飯も奢ってやれるし……』


「いいの……?」


『野々花のお気に入りを困らせたままにしたら俺が何されるかわからないからな。それにおっさんのことは嫌いじゃないし』


「ごめん、ありがとう」


『いいって。じゃあ、そこからすぐ近くの駅で待ってて。迎えに行くから』


 そう言い終えると、アキラは電話をすぐに切った。まあ、学生だから仕方ない。


 俺は自分にそう言い聞かせて、泣きそうになるのをこらえて駅に向かっていった。





こんなうざいおばさんが出てきましたが、必ず最後にはざまぁしますのでご安心ください。

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