第16話 勘違い高橋

 あの配信のあと、登録者数がまた五万人ほど増えていた。今度は純粋に俺の力を見てファンになったと言ってくれる人もいて、少しだだけ希望が見えた気がする。


 約束通り定時で上がろうとしたとき、高橋が声をかけてきた。給湯室で二人で話したいと。


 俺はまた奢りの話かと辟易していた。今日は用事があるんだ。牧野さんも待たせてるし、早くしてほしいんだけどなあ。


 給湯室に二人で入ると、そこはちょうど誰もいなかった。水場に腰をもたれさせて、高橋が得意げにスマホの画面を見せてくる。


 覗きこむと、アプリでの野々花からのチャット画面を見せられる。新緑の森林に一緒に来てほしいと。


 野々花は何を考えているんだ? 高橋をクソナンパ男と嫌っていたんじゃないのか?


 俺の心が猜疑心さいぎしんで染まっていく。おじさん大好きと言ってくれたのは嘘だったのか? それとも、最初から高橋と繋がっていてからかっていたのか?


 いや、それだとあのときの本気の怒声に説明がつかない。それじゃあ、どうして野々花が高橋に連絡なんて……。


「ふふん。あんたは野々花たんの連絡先知らないだろうけど、俺は知ってますから。これから車に乗っての野々花たんと一緒にダンジョンランデブーだよ。俺の言っている意味わかる? 野々花たんは俺にぞっこんってわけ」


(それは違う気がするけど……。指摘したらめんどくさそうだから黙っておこう)


 昨日の警察による簡単な取り締まりを受けたあとの帰り道、電話をくれた野々花は俺にも同じ条件をつけていた。つまりその時点で高橋とは対等。野々花には野々花なりの考えがあるということか。


 うんともすんとも言わない俺にイラついたのか、高橋が近くにあったゴミ箱を蹴る。


「ひっ」


「なんですか。あれですか? 先に野々花たんから連絡きたのは自分だからって分不相応に思っちゃってるんですか? 野々花たんは俺のものです。お前になんてくれてやらねえからな」


「でも、そうしたら野々花……いや、天城さんの意思は?」


「野々花たんの意思なんて決まってるだろ。俺と付き合いたい、そのサインですよこれは。先輩、あんたは愛想尽かされたってわけ。かわいそ」


 くすくすと笑ってスマホをしまう高橋に、俺は返す言葉もなかった。


 それはそうだ。こんな底辺窓際族でダンジョンでの強い力を手に入れただけの男なんてすぐ飽きられる。野々花も酷だな。高橋のことが好きになったならそう言ってくれればいいのに。


「そういうわけで、俺行くんで。ついてこないでくださいよ」


「待ってくれ」


「あ?」


「俺も、天城さんから呼び出されてる。運転手の牧野さんに言えば、わかる」


 高橋はついに頭がおかしくなったか、という顔をした。それはそうだろう。録音した音源があるわけでもなし、運転手の牧野さんの証言しか立証できるものがないとなれば。


 高橋は俺を睨んでいたが、やがて肩を叩いてにやりと笑う。


「まあ、野々花たんは興味ない男にも優しいからな。おっさん、足引っ張るなよ。野々花たんと付き合うのは俺なんだからな」


「言われなくても、邪魔しないよ」


 高橋は花を鳴らして、給湯室から出ていった。


 俺は涙がこぼれそうになるのをこらえ、高橋のあとをついていった。外にはまたあの場所に高級車が停めてあり、高橋が車に乗りこむところだった。俺は慌てて車に駆け寄り、牧野さんに挨拶する。


「牧野さん、今回もお世話になります」


「長岡様、もったいないお言葉でございます。高橋様は……お嬢様から聞き及んでおります。一緒に白百合学園近くまでお送りいたします」


「野々花たんの未来の旦那様だぞ。もっと丁重に扱えよ。それとも俺が怖いのか?」


 高橋はもう完全に野々花に惚れられたと勘違いして牧野さんを煽る。牧野さんはこう見てもヤクザ上がりですと言われても仕方ないようなガタイのいいスキンヘッドにサングラス姿のナイスガイだ。


 牧野さんは咳ばらいを一つすると、こう静かに言った。


「野々花お嬢様は婚姻は考えておられないと思います」


「ああ? 野々花たんから直接連絡がきたんだぞ? 気があるからそういうことをするんだろ? 運転手のくせに、未来の旦那様に口答えしてんじゃねえよ」


 高橋はそう言って運転席の裏から牧野さんを蹴る。それでも牧野さんは顔色一つ変えず、俺のほうを見ると微笑んで開いている座席を手で差した。


「長岡様、お嬢様がお待ちです。高橋様と一緒に送迎いたしますので、お乗りください」


「いつもすみません」


「いつも?」


「あの……。一回だけ乗せてもらったことがあるんです。それだけで」


「ふうん」


 それ以降、高橋は興味がなさそうに大きく足を広げて俺が座りにくいようにする。俺は隅っこに座って、車は走り出した。


 当然、ダンジョンに潜るのだ。話はダンジョンでの能力の話になる。


「おっさん。あんたは何の能力があるわけ?」


「オールラウンダー。俺が名付けただけだけど」


「だっさ。俺はアースグレイヴ。地面を自在に操れる。どうだ、すごいだろ? オールラウンダーなんていう器用貧乏そうなやつより野々花たんは俺の力見たら惚れちゃうだろうなー。っかー! 早く会いてえ!」


 俺だって地面くらいは操れるはず。たぶん。やってみたことないからわからないけど、この力ならできる気はする。


 牧野さんの安全運転で白百合高校の前を通りすぎる。高橋が窓にへばりついて女子高生たちを舐めるように見ていた。


「さすがはお嬢様学校。レベル高いのしかいねえなー。野々花たんもいいけど、仲良しの玲奈ちゃんもいいよな。もしかして、俺このままハーレムルートきちゃってたりする!?」


 俺はハーレムとかそういうのには興味はないけど、野々花と玲奈さんを奪われるのは、心にくる。アキラも高橋のことを兄貴とか言って慕ったりするんだろうか。見たくない、そんなものは。


 そんなことを考えているうちに、白百合学園近くの公園にやってきた。ダンジョンをカモフラージュする結界の存在を感じる。その場所に、野々花はスマホを弄りながら立っていた。


 少し熱くなってきた中、まだ衣替えできない学生の野々花の額にほんのり汗がにじんで髪が濡れているのが見える。あの浮遊する高級配信機器も一緒だ。高橋は車が止まったと同時に野々花に突進していく。


 俺はやれやれ、と思いながら、その後をついていった。







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