第12話 発狂モンスターを倒したら

 俺の体が暗がりから伸びてきた闇の腕で縛り上げられる。ジュエルドラゴンは笑って、恨めしそうに俺を見る。


『ああ、人間。なんて怨めしいこと。私を怒らせたりしなければ、もっと楽に死ねたものを』


「これは……! ……っがあ!」


 腕の一本がするりと俺の体の中に侵入し、心臓をわしづかみにする。鼓動が阻害されて苦しい。


『お前は私を怒らせた。そのような名誉なこと、私自らが食ってやらないともったいないだろう? さあ、死ねぃ!』


 心臓が握られる。俺は、とっさに叫んでいた。


死を統べる者デッド・ルール!」


 スラックスのポケットにしまっていたロケットつきのペンダントが熱くなる。それは俺のポケットを突き破るとデュラハンが現れ、闇の腕を斬っていく。


『なっ!? デュラハンを隷属させていたというのか!?』


 デュラハンが高速で腕を斬り終わり、落ちてくる俺を両腕で抱きとめ地面に立たせる。そうして、ロケットつきのペンダントごと消えていった。


「げほっ、隷属とかはわからないけど。デュラハンが味方してくれたのは確かみたいだな」


『ありえん。あれだけ生者に憎しみを持っていたデュラハンが人間に与するなど……!』


「そんなことより。仕返しが済んだんだから、今度は俺が仕返しをする番だよな? せっかくのドロップ品もなくなったし」


『その口、すぐに我が業火と宝石によって殺してくれるわ! 集え! 宝石たち!』


 土の中から、埋まっていた宝石の原石やら磨かれたものやらがジュエルドラゴンのほうに集まっていく。俺はそれを阻止するために何個か宝石を砕いたが、集まる速度のほうが速い。


 すべての宝石を集めきったジュエルドラゴンは、咆哮を発して一部を俺に向けて射出してきた。その速度たるやない。弾丸のように速い宝石の粒たちをモーニングスターでは裁ききれないので、魔法による防護壁を使ってなんとか凌ぐ。


 ジュエルドラゴンに向かえば向かうほど宝石の攻撃は激しくなり、進むのがとある地点で難しくなった。


 考えろ俺。突破口が、必ずあるはずだ。


 俺は深く思考の海に落ちる。ジュエルドラゴンが近づかせる隙を作らないなら、作らせてしまえばいい。でも、どうやって? 怒りで気狂いになっているジュエルドラゴンを宥めるなんてもはやできない。


 相手が遠距離から攻撃してくるなら、こちらも遠距離から攻撃すればいい。その結論に至って、モーニングスターを見下ろす。長い鎖に繋がれた重い鉄球は、頭にぶつければ今度こそジュエルドラゴンの命を奪うだろう。


 投擲技術に不安があるわけではない。ありとあらゆる技術を身につけたこのダンジョン限定の体は、やるべきことを覚えている。


 俺は足と腰で踏ん張ってモーニングスターを振り回し狙いを定める。ジュエルドラゴンもそれに気付かないほどの馬鹿ではない。すぐに大量の宝石を俺めがけて射出してくる。


 防護壁が、さすがに限界と言わんばかりにヒビが入る。それを見計らって、俺はモーニングスターを思いっきり投げた。こちらに向かってくる宝石を砕き、減速することなくジュエルドラゴンの頭を捉えた。


 宝石と骨が砕ける音がして、ジュエルドラゴンは頭を砕かれたことによって地面に倒れ伏す。まだ息があるが、痛みのあまり力を行使できないようだ。


 俺は防護壁を解除して近づいていく。そしてジュエルドラゴンの頭に突き刺さっていたモーニングスターを引き抜くと、もう一度叩きつけた。


 今度こそジュエルドラゴンは息絶え、宝石の光のように光の粒になって消えていった。


 ボスドロップは……ピアス? ジュエルドラゴンの体を覆っていたジュエルがあしらわれた、耳に刺すタイプのピアスだった。


 データ分析、完了。対象、ジュエルドラゴン。


『卵から生まれたのは、宝石に体を包まれたドラゴンだった。ドラゴンの両親は彼を疎み、生まれたてで何もできないのにダンジョンの最奥に捨てていった。そんなドラゴンをモンスターたちは哀れみ、食べ物を分け与えた。ジュエルドラゴンはすくすくと成長し、どんな人間たちがやってきても負けない強いドラゴンに成長した。ジュエルドラゴンは大空を知らない。だが、仲間の暖かさは知っている。このピアスは、コボルトが住んでいたときにジュエルドラゴンの誕生日にと贈られた品。神秘のドラゴンの鱗代わりであるジュエルで作られたピアスはどんな光をも弾く』


 俺はそれを見て、ジュエルドラゴンを殺したことを少し後悔した。そんなバックボーンがあると知らなかったから倒すのは当然だったが、もう少し言葉を交わしていれば違う結末があったかもしれない。


 ジュエルドラゴンのピアスは光属性に対して中耐性と光の玉を召喚して周囲を明るく照らせるオプション付きだった。これからのダンジョン配信にぴったりだろう。


 スマホはジュエルドラゴンの咆哮の衝撃で横向きになってしまっていた。それを拾うと、称賛の嵐がずらりと並んでいた。


《おっさん! すげえ! すげえよ! ダンジョンボス倒せるだけの技術と力あるんじゃん!》


《見直したよ。野々花たんの仲良しグループに入ってるのは気に入らないけど、それだけの実力があるってことだもんな》


《ジュエルドラゴン生で見てどうだった!? 画面の前で見てるこっちも大興奮だったよ!》


「はは、やれちゃいました。これで俺も半人前くらいにはなりましたかね」


 謙虚さを忘れてはだめだ。これはエンターテインメントだからもう少し強気に出てもいいかもしれないが、視聴者の大半が野々花のファンである現状では力を誇るのは逆効果。


 かといってジュエルドラゴンを倒したのも事実なので、俺はその称賛には素直に応える。謙遜してばかりだと嫌味に見えるからな。


「みなさん、ありがとうございます。これ、ジュエルドラゴンからの戦利品です」


《おお!? それって発狂ジュエルドラゴン限定のレアドロップ品じゃなかったか!?》


《本当だ。途中から発狂しているのはわかっていたけど、マジでドロップするんだ》


「発狂……?」


 聞き慣れない言葉だ。確かに許さないと連呼している様子は常軌を逸していたが、あれが発狂か。恐ろしい。もっと強い敵を発狂させたらどうなるか興味があるが、まだダンジョンに入り始めた身。余計な好奇心は自分を殺す。


 にしても、死ににこのダンジョンに入ったのに、そのボスを倒すことになるとは思わなかった。配信の同接数も二千人と跳ねあがっているし、人間生きていると何が起こるかわからないものだ。


《発狂ってのはねー。さっきみたいにもうめちゃくちゃに暴れ始めたら発狂って言っていいよ。そこらへんは慣れていけば判別可能だから》


《発狂すると今おっさんが持ってるみたいなレアドロップを稀にするんだよ。便利な品ばっかりだから、おっさんレベルの強さなら狙ってみてもいいかもね》


《ところでフレーバーテキストは?》


「フレーバーテキスト……。さっきの表示ですかね? ……あのジュエルドラゴンはこのダンジョンに捨てられたそうです。それをこのダンジョンのモンスターが助けて……。俺は、倒したことを少し後悔しています」


 俺の言葉を受けて、一瞬コメントが止まる。本当に一瞬のことで、またコメントが流れ始めた。


《おっさんはそれを知らなかったんだから、仕方ないでしょ。気を取り直して次行こう》


《いちいち落ちこんでたらライバーなんて勤まらんぞ。今日はそれ持って帰ってうまいもんでも食って寝ろ》


《もう二時間経過してんだな。社会人組が配信見始めるころか》


 はっ、そうだった。高橋も野々花のファンなら俺の配信を見に来る可能性がある。


「それじゃあ、攻略も終わったんで配信はここで終了します。次どんなダンジョンになるか楽しみですが、また見てくださいね」


 俺がそういった瞬間、赤色の五万円スーパーチャットが流れ、『おじさん初攻略おめでとう』と流れた。


 コメント欄は誰がこのコメントを打ったのか混乱している様子だったが、たぶん野々花だ。ちょうど学校終わって帰っているだろう時間だからな。


 俺は特定を防ぐために、配信を閉じた。

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