第2話 未知との邂逅
染めた茶色のストレートロングの髪に有名女子高、白百合高校の制服を着た少女が剣を持って体の何倍もあるオーガと戦っていた。劣勢のようで、オーガの硬い外皮から繰り出される重い一撃を受け流すので精いっぱいの様子だ。
《あれ。あれってもしかして天城野々花じゃね!?》
《間違いねーよ。野々花たんだよ! 俺配信いってくるから、おっさん勝手に死んでてね。アーカイブ残しててよ》
野々花と呼ばれた少女のほうに一人視聴者が行ってしまった。同接は二人。俺の死に際を見てくれないのは寂しいが、野々花という名前には聞き覚えがあった。
天城野々花。十七歳でソロのライバーとしては素晴らしい戦闘力を持っている。
だが、ダンジョンではレベルアップで身体能力が上がるといえど、限界もある。ましてや年端もいかない少女である野々花ではあの巨大なオーガを相手取るのは無理がある。
(何をやってるんだあの子は。これじゃ俺が死ねないじゃないか。そうだ、助けよう。そして俺を食ってもらうんだ)
俺は決意を固め、スマホに向かって顔を映しながら言い放つ。
「俺の死に場所は決まりました。とりあえずあの野々花って子を助けてオーガに食われて死にます」
《いよっ! 待ってました! 最後に人助けなんて、おっさんいいとこあるじゃん》
いいところじゃない。ただ自分勝手なだけだ。自分が死にたいがためだけにあの少女を助ける。それのどこが偽善じゃないと言えるのか。
とにかく俺は死角から飛び出した。驚いたオーガがこちらを見る。一瞬遅れて野々花がこちらを見た。
見たこともないような美少女だった。モデルと言っても差し支えない。出るところは出て締まるところは締まるプロポーションは、男を魅了するのは簡単なことだろう。
「おじさんなにやってんの!? さっさと逃げて! このオーガ、悪魔の祝福がかかって……きゃっ!」
野々花が言いきる前に、邪魔だと言わんばかりに野々花の体を弾き飛ばした。細い体は抵抗できず、壁に頭を打ったのか失神してずるずると壁を落ちていく。
『ニンゲン、クイモノ。ヨウヤクミツケタアアアア! ナガオカ、イツミ……!』
「な、なんで俺のことを……? まあいい。俺を食ってくれ。もう死にたいんだ。つらい一人暮らしも友達がいないのも恋人がいないのも会社で馬鹿にされるのももうたくさんなんだ。さあ、俺を食ってくれ』
俺は膝をつくと、まるで天使に願いを捧げるように両手を左右に伸ばした。
この世には神も悪魔もいる。ただ、たまにしか姿を現さないだけで。でもだいたいの人間の前には現れない。俺のように。
野々花が言った悪魔の祝福だってそうだ。悪魔に祝福されたモンスターは強力な力を得る。野々花が苦戦するのも無理はない。俺だったらもっと無理だ。早く、食ってくれ。
オーガが近づいてくる。ああ、長い人生だった。実際は短いんだが、俺には永劫のようにも感じた。このつらく苦しい世界からも解き放たれる瞬間がきたのだ。
俺は嬉しい。きっととてつもなく痛いんだろうけど、この世から消えることができる。俺は笑顔になって、自然と涙を流していた。
『生きるのをやめないでくださいまし』
「っ……!?」
目を開いた目の前には、筆舌に尽くしがたい絶世の美女が透けた体で浮かんでいた。胸元が開いた派手な巫女服に身を包んだ女性は、俺の頬に右手を添えた。
『貴方にはまだやるべきことがあるのです。そのために選んだのですから』
「え……?」
『時間はありません。さあ、生きて。わたくしのことを思ってくださるなら、生きてくださいまし』
そう言って、女性は俺にキスをした。
その瞬間、様々な情報と力が体に流れ込んできた。ありとあらゆる魔法、ありとあらゆる武術、ありとあらゆる技能。そのどれもに目覚めていく。
感じるのは、ただ光。それだけだった。暖かく、まるで太陽のような……。優しい光だ。俺の心の中を暖かく照らし、希望を芽生えさせた。
目の前の女性が薄くなって消えていくのと同時に、オーガが迫ってくる。俺は……生きなければ。死ぬことはいつでもできる。でも、あの少女は何の関係もない。ただ俺と鉢合わせてしまった、それだけの話なのである。
彼女を救わなければ、俺はまだ死ねない。
『ア……?』
この体が、するべきことを感じている。
俺はリボルバーを近くの金属片を拾って作り出し、両手で持って引き金を引いた。オーガの肩に小さめの穴が開き、オーガは悶え苦しんだ。
『ナンダァ!? ドウシテオマエニソンナチカラガ……!』
「今しがた女性にもらった。見えなかったのか?」
『オンナァ? ツイニオカシクナッタカ。クワセロオオオオオオ!』
突進してくるオーガの頭に狙いを定めて、引き金を引く。オーガの硬い骨でもリボルバークラスになるとちょっと硬い骨に早変わりだ。
脳天を撃たれたオーガは一歩前に出てから、脳髄を後ろにまき散らしながら後ろに倒れる。やった、のか?
こうしちゃいられない。野々花のところに行かなければ。
野々花は頭から少量出血していた。急いで病院に運ばなければ、脳内で出血が起こっていてもおかしくない。
俺は野々花のスマホと浮遊する機材を連れてダンジョンの外に出た。結界を出るとダンジョンの外になるので、俺は一般人程度の力しか持たないことになる。
「おもっ……」
会社に行って毎日座っているだけの俺ではいくら軽めの少女と言えども重い。俺は道路にぶつけないように少女を下ろし、救急車を呼んだ。
そして俺の配信を見ると、自殺に関することで不満が噴出していた。
《おい、死ぬんじゃなかったのかよ!》
《女につられて臆病風が吹いたか?》
《お前くらい臆病だと、会社でも使えなさそうだな》
俺への当たりはきつい。当然だ。自殺をするというために配信を開始したのだから。
でも、コメントにはあの透けた女性への言及はなかった。オーガが俺の名前を知っていたのも気になるし、今日は配信を閉じて後日考えたほうがいいかもしれない。
「自殺についてはごめんなさい。でも、必ずいずれ死んでみせますから。……救急車がきたので今日の配信はこれで。今後もあるとは限りませんが。それでは、さようなら」
文句が噴出しているコメント欄を閉じて、配信を終了する。救急隊員に怪我はないかと聞かれたが特になかったと答え、警察からはリボルバーを持っていることについて質問があるからと警察署に連れていかれた。
野々花という少女が、助かるといいんだけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます