底辺窓際族のおっさん、配信者になる~うっかり人気ライバーの配信に映って覚醒しバズってしまった~

ぷにたにえん

底辺生活編

第1話 きっかけは、ダンジョン

 長岡逸見いつみ。しがないサラリーマンであり、窓際族だ。


 毎日毎日仕事もよこされず、上司どころか部下にもあざ笑われ、事務にも煙たがれる次第だ。


 そんな逸見の仕事はヒローワークの求人を見つめること。レクルートでもよかったが、三十二歳のおっさんである特に功績と言ったものがない俺には高い壁でしかなかった。


 ばしゃっ。熱いお茶が手に引っかかる。


「あっつ!」


「あら、ごめんなさい。これでも優しく置いてるんですから、文句ないですよね?」


「ご、ごめんなさい」


 どうして年下の事務に謝ってるんだ俺は。彼女の名前は増田すみれ。会社とダンジョン配信の兼業をしているれっきとした社会人でありパートさんだ。


 ダンジョン配信。いつから全世界に存在しているかもわからないダンジョンというものの中にいるモンスターとかいうやつを倒すことを生業にしている者のことを言う。


 俺としては若干の興味があるが、行ったことはない。中では超常の力が使えるらしいが、俺では大した能力が付与されるわけもなし、命をかけて戦うというのがそもそも無理なのだ。


 だからこれからも安全な会社の中で窓際族として生活していったほうがいい。次の就職先が見つかればの話だが。


「おい、長岡」


「か、課長」


「次の就職先をさっさと決めろ。お前にくれてやる最低限の給料でさえうちの会社では惜しいんだ。それとも何か? 俺たちに恨みがあってこの会社に居座ってるのか?」


「そ、そんなことは」


「そうだよなあ。ダンジョンにも怖くて入れないようなやつがそんな度胸あるわけないよな。……この書類のコピーを一分で取って来い。無茶だとは言わんよな? 遅れたら給料を減らす」


 新井田課長はそれだけ言い残すと、どすどすと丸々と太った体を揺らして席に戻っていった。


 観察している場合ではない。この書類の山を一分でコピーせねばまた給料が減る。無駄だとわかっていても、これ以上給料を減らされたら生きていけないのだ。


 誰もいないコピー室に入ると、涙が出てきた。


 なんでこんな目にあっているんだろう。確かに俺はお世辞にも社交的とは言い難い。冗談もあまり通じないほうだ。


 それを押して頑張って会話してきた。そしたらいつしか嫌われ、仕事を減らされ、窓際で一日ヒローワークを眺める日々。こんなの、どうしたらいいっていうんだよ。


「死のうかな……」


 ぽつり、とそんな言葉が落ちて、涙が一筋流れ落ちた。俺はバレてはいけないとシャツの裾で涙を拭く。ああ、毎月のクリーニング代もそろそろ厳しくなってきたな。自分でアイロンがけをしなければ。


 当然だがアイロンがけなどやったことがない。やけどは必至だ。それでも身なりだけでもきれいにしていないと本当に堕ちたようで、俺はやけになっていた。


 だから、最後の死に場所にダンジョンを選んだ。せめて、あいつらに俺は勇気があったんだと示すために。


 残業などあるわけがなく、定時であがる。すると後輩の高橋がやってきて、俺の肩を抱く。


「な、なんですか」


「先輩、俺今月飲みすぎてやばいんすよ。奢ってくださいよー。いっつも定時で上がってるから金あるっしょ?」


「そんな金はないよ。晩酌だって……」


「え? してる? なら金あるじゃないですか! みんな! 先輩が全員分もつってよ!」


「えっ、そんなこと一言も……!」


 俺があたふたしているうちに、後輩連中がにやにやとした顔で集まってくる。ああ、今月の食費、今日で消えたな。まあいい。今日で死ぬって決めたんだから。最後にぱーっと飲んで消えてしまおう。


 そうして俺たちは飲み屋街へと進み、俺はウン万円の支払いをして突き飛ばされるように店を出た。もう用はないということだ。


「……っぐ。ひぐ……」


 これで終わりなんだ、泣くなよ俺。いつだっていじめられてきただろ。幼稚園のころからずっと。それがちょっと怖い思いをするだけで終われるんだ、ダンジョンに感謝しなきゃ。


 俺はふらふらと酔った頭で鞄を抱いてなんとなく自宅でAVを見たくなって家の方向に向かった。最後くらい、ちょっとエッチなものを見てもバチは当たらないだろう。


 路地に入って、まっすぐボロアパートを目指す。そのときだった。


「あれ……?」


 空間がぐにゃりと曲がり、周囲の光景が土の壁になっていく。俺は幻覚かと思って触れてみたが、確かに土の感覚がする。


 そうか、ここダンジョンになっちゃったのか。今日の朝までなかったのに。神様が俺に早く死ねと言っているんだろう。


 どうせだ。自殺の様子を配信して憂さ晴らししよう。一人で死ね? 知るかよ。俺の極限の苦しみが他人にそう簡単にわかってたまるか。


 俺はベイチューブにチャンネルを開設し、スマホで配信を始めた。人が来るはずがない。でもアーカイブとしては残る。後々警察に消されるかもだが、誰かの記憶に残れば、それは俺が生きているのと同じだ。


 自殺配信します、と銘打ったからか、何人か視聴者が来て「早く死ねよ」だとか「どうやって死ぬつもり?」だとかコメントがちらほら散見される。


「こんばんは。酔っ払いの窓際族です。これからモンスターに食われて死にまーす」


《いえーい。俺グロ大好きだから早く見せてよ、おっさん》


《自殺なんて最高のエンターテインメントじゃん。消される前に早く!》


 すごい。たった数人だが俺の死に際を見てくれるという善人がいる。だから俺は、ダンジョンの中を進んでいった。


 だが、肝心のモンスターと出くわさない。どころか、バジリスクやグレーターデーモンなどの高ランクモンスターの死骸が転がっている。誰か先客がいるのか?


 困ったな。俺の自殺を楽しみにしている人がいるのにこんなことをされちゃあ死に損なってしまう。


 さらに奥に進んでゆるい下り坂を進んでいくと、ボス部屋らしき扉があった。開け放たれていて、中にいた巨大なスライムが半分溶けて核もなくなっている。


 これは、たぶん高ランクの探索者が入っているのかもしれない。まずい、急がないと。死に損なうなんてごめんだ。


 俺は全力疾走した。いい歳だからすぐに息が上がってしまったが、それでも走った。


 すると徐々に体がダンジョンに慣れてきたのか、いくら走っても疲れがなくなってきた。レベルアップというやつか。走っただけでレベルアップだなんて、皮肉だな。


 すると、二階層の奥から金属が弾く音が聞こえる。俺は好奇心のままに、壁に張り付いて死角から覗きこんだ。





本作品はカクヨムコン9に応募しています。

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