第7話 克服しよう
草野は椅子をギコギコさせながら、バツが悪そうに腕を組んだ。ぼんやりと、天井に止まっている虫を眺める。
「まあ、本当の事を言うと、自分の性格を一番面倒だと思ってるのは、俺自身だからな」
今の時代、変にとんがって生きたってしょうがない。
ま、恋愛なんてこんなもの。仕事なんてこんな感じ、と、ある程度割りきってタフにスマートに過ごすのが当たり前なのだろう。
「大人は汚ない!」と、校舎中の窓ガラスを割り、盗んだバイクで走りだすような生き方はもう古いと、分かってはいるのだが。
「アウトローで、マイノリティで生きていくのは結構大変だ。
人を尊敬したり信頼したり、恋したりするのはいいと…思うけど…俺には向いてないんだ」
最後は消え入りそうな声で言って、草野は下を向いた。
ここぞとばかりにテンションをあげて、星川は畳みかけてくる。
「時給千二百円で交通費も出るし、お弁当も食べれて残業もなし。
良い事づくめだよ!」
「お前のその体育会系的なノリ何とかならねぇの?」
「今こそ変わる時だ草野君! 自分をアップデート!」
選挙ポスターの若手議員のようなポーズで、何故だか励ましてくる星川。その端正な顔と、チラシを見比べる。
こいつに憧れてる全国の女子よ。悪い事は言わない、早めにファンを辞めろ。
「わかったよ、どうせ春休みで暇だし、手伝うよ」
「それでこそ草野君!」
万歳三唱をして喜ぶ星川に、草野は原付でいけば、交通費分浮いて時給千五百円ぐらいにはなるな、と汚い金の計算をしていた。
「大丈夫、変わった草野君はきっと女子にモテモテさ。僕が保障する」
と笑う星川に、お前が言うと皮肉にしか聞こえないんだよ、とヘッドロックを決めてやる。
星川は痛がる癖に、嬉しそうににやにやするものだから、それに合わせて草野も笑った。
しかし、安請け合いをしてしまったのが運の尽き。
疾風の魔剣士という二つ名でネトゲ界隈では有名で、対人戦闘では向かうとこ敵無しの草野も、『対女性』で『対業界人』、『対運命』の前ではほぼ無力に近いことを、すぐに思い知ることになる。
* * *
夜の有楽町。
駅前の電気量販店の派手なライトに照らされた横断歩道を、星川と草野は歩いていた。
「本当に面接とかしなくて大丈夫なの?」
「うん。いかんせんネット番組だからね。予算もないし人員も足りないから、そんなの募集する暇も金もないんだよ。
僕の大事な友人ですから十分こき使ってくださいって言っておいたから大丈夫」
「余計な事を…」
バイトなのだから面接やら研修があるのかと思いきや、気がついたらもう収録当日であった。
履歴書だけは郵送したのだが、もう決定していたかのように速効電話が来て、草野は番組ADとして実にあっさりと採用されたのだった。
テレビ局なので服装も自由らしく、履きつぶして元の色が分からない白いスニーカーとシャツ姿で勤務先へと向かう。
横を歩く星川は何度も打ち合わせなどで来ているらしく道を教えながら進んでいく。一応芸能人なので、伊達眼鏡にニット帽をかぶってはいるのだが、やはり一般人よりも目立ってしまっているようだ。
会社帰りのOL達が、すれ違いざまに目をハートマークにさせながら星川を見ている。
ガードレール脇を歩きながら、面倒くさい事になったなぁと、「当日になると途端に嫌になる病」をこじらせている草野は空き缶をけっとばしながら歩く。
連れてこられたのは高層ビル。
ガラス張りの建物で、都会のオフィス街に悠々とそびえ立っている。二十階建てで、入口からすでに圧倒される造りだ。
馴れた様子で入口に向かうも、芸能人と一般人の違いか、それともオーラの差か。星川は何事もなく通されたのに、草野は入口に陣取るガードマンに速効足止めを食らった。
「あの、今日からADで、」
と口ごもるも、二人がかりで中に行こうとするのを制される。
慌てた星川が番組のパンフレットとパスを見せて説明をし、受付で確認をしてもらって、ようやく通してもらった。
打たれ弱い草野の心は早くもバッキバキに折れた。
収録をするスタジオは最上階の二十階らしい。
首から社員証をぶらさげたいわゆる「できる社会人」的な人とすれ違うたびに体内の血糖値が下がっていく気がする。
エレベーターで向かう間、草野は壁にもたれかかって「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり…」とひたすら古典を呟きながら顔面蒼白でえづいていた。
星川がその背中をさすってくれる。
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