第5話 弱い自分を守るため

 後に聞いたところによると、彼女はエンコーしてるとか、パパというのは本当のパパじゃないだの、恐ろしい噂が流れていた。

 気がつかないなんて、恋は盲目とはよく言ったものだ。

 

 学校では何度も弁解しようと、彼女が話しかけてきた。

しかし休み時間は爆音で音楽を聴き机に突っ伏していたし、教科書も絶対に忘れなかった。

 次の席替えまでそうして一言も交わすことは無く、学年が変わるころには彼女は違う市の学校へと転校していた。



 未だにその時の記憶が自分を縛る。


 エロ本を読んだら体は反応するが、脳の奥底の苦い思い出がトラウマという名の染みとなってしまっていて、実際の女性が怖くてたまらないのだ。


 女性芸能人が自分の恋愛を赤裸々に語っている番組を見ると目眩がする。


 カフェで、自分の好きなアクセサリーを買ってくれなかったとひたすらデートの粗探しをし、またそれに同調するOL達の話を聞くと寒気がする。

 

 姉貴が、彼氏から貰ったプレゼントを安物だと文句言っていた時には大喧嘩をしてしまったこともある。 

 

 木曜日事件以降、純粋な女の子からの好意も、草野に掛かれば「美人局をする気だ、絶対そうだ」と思うほど歪んだとらえ方をしてしまう。


 一昔前、肉食系男子、草食系男子という言葉が流行ったが、草野は自分のことを「植物系男子」と自称している。


 それは、「なんも食べなくていい。光と水さえあれば自分でどうにかする。

 肉食系に相手にされないのはおろか、草食系にさえ食い荒らされるレベル」

 という意味からきている。

 草野という苗字も、一層おあつらえ向きである。


 彼女なんて欲しくない。

 それは、モテない男の僻みでも何でもなく、心からそう思うのだ。


 できることならばおしゃれなカフェの片隅にある観葉植物のごとく、ひっそりと生きていきたいということだけを願って毎日を送っているのだ。



 しかし、そんな植物系の草野にも心乱される時がある。


 それは親しい友人に恋人ができた時。


 自分がいかに淋しい人間なのかと、思い知らされる時。



 人間の使命は二つあって、一つは自分の天職に就き、労働する喜びを感じること。


 もう一つは愛しの異性に出会い、子孫を残すこと。



 どっかの哲学者が言ったこの理論でいけば、自分は人生の使命を五割も達成できない駄目人間だということになる。

 いや、天職につける自信もないので、勝率ゼロ。


 こうなると人間に生まれたことさえ間違いだったのかもしれないという、最強ネガティブな思考に迷い込む。


 酸素を吸って二酸化炭素を吐いているだけで、地球にとって自分は植物以下の存在なのだと、猛烈に救いようのない妄想にとらわれる。


 それもこれも、あの日のトラウマのせいなんだ。

 責任転嫁は弱い自分を守るために必要な手段だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る