青少女保護観察官に任命された僕と、保護された彼女~幸せを知らない彼女との日々はドキドキすることばかりで、僕はそんな彼女に振り回されっぱなしです~

書峰颯@『幼馴染』12月25日3巻発売!

第1話 更生対象の少女

 普通の家庭に生まれ、普通に生きる。

 それが難しいと感じた事はない。

 それが素晴らしいと感じた事もない。


 学校の成績はずっと中間くらいだし、運動だって全部が中間くらいだ。

 クラスの平均点を超えていればいいという、両親の教育指導にのっとった人生。

 きっと僕はこのまま普通に生きて、普通に結婚し、普通に死ぬんだ。


 そう、思っていた。

 

けい君、ちょっといい?」


 十五歳、来週から高校一年生になるという大事な時期に、急な母さんからの呼び出し。

 声のニュアンスが違うなって思ったその違和感は、まさに的中していた。


黒崎くろさき桂馬けいま君、だね」


 生まれた時から住んでいる二階建ての我が家、普段は父さんがくつろぐ以外の使い道がないはずの和室部屋に、スーツ姿の七三に髪型を整えた男性と、同じくタイトな感じのポニーテールの女性が折り目正しく座っていた。


 背筋が伸び、正座している姿からして落ち着いた佇まいに、ちょっと圧倒される。


「私は法務省管轄、青少女・・・保護観察課の渡部わたべ将司まさしと申します」

「私も同じく、青少女保護観察課の水城みずき香苗かなえと申します」


 二人は挨拶すると、テーブル上に既に出されていた名刺をすっと僕の方へと差し出す。

 名刺を受け取るなんて人生で経験した事のない僕からしたら、それだけでも緊張ものだ。


「あの、それで、一体何の御用でしょうか?」


 この質問は当然だろう。

 保護観察官なんていう人種にお世話になるような人生を送った記憶はない。

 高校生になる直前の今に、そんな事をするようなバカでもないんだ。


 母さんに座るよう促され、二人に対面するように座る。

 正座で座った方がいいのかと思い膝を揃えるも「楽にして下さい」と言われ、素直に崩した。


「黒崎君、君は昨今のニュースや、まとめサイト的なものは見たりするのかな?」と渡部さん。

「昨今のニュース……ですか、まぁ、ほどほどには」

「だとすると、せい少女しょうじょ保護観察官、という名称に聞き覚えは?」


 青少女保護観察官……正直、そういう時事問題にはあまり興味がない。

 僕が見ているのはオタクムとか、そういうアニメ系ばかりだ。

 

「……いえ」

「そうか、では、裁判員制度という言葉は知っているかな?」

「裁判員制度……は、学校で習ったことがあります。確か、一般の人達で裁判官のお手伝いをする仕事……だったはずです」


 知りうる限りの情報を伝えると、渡部さんも水城さんも少しだけ笑みを溢した。

 説明が省けて良かった、そんな風に感じれる、ちょっと嫌な感じの笑み。


「勉強した通り、裁判員に選ばれてしまうと、基本的に断る事が出来ない。会社の社長さんだって、君のお父さんお母さんだって、もちろん、私だって断る事が出来ないんだ」


 やたらと断れないと強調する言い方に、思わず手に力が入る。


「青少女保護観察官も一緒だ、基本的に断る事が出来ない」

「えっと、その、青少女保護観察官なんとかって、何なんですか?」

「黒崎君は、この国の年齢ピラミッドって知ってるかな?」


 今度は水城さんが話を振ってきた。


「年齢ピラミッド……はい、授業で習いました」

「うん、じゃあ、もう既に人口逆転が始まっているのも、知っているよね」


 人口逆転、高年齢層と若年層の人数が完全に入れ替わってしまった事を指す言葉だ。

 子供の数の何十倍という数の大人や老人がいて、僕達子供が少ないと言われているアレ。


「知っています」

「うん、今この国には若者が少ない、本当に少ないの。だからと言って、適当な、怠惰を貪るような人材も欲しくないって、大人達は思っているのね。この国に生まれてくる子供は優秀でなくてはならない。少なくとも、何もせずに生活保護や福祉に頼り切るような人材はいらないのよ」

「水城君」


 途中から熱の入った早口になってちょっと驚いたけど、言いたい事は理解出来る。

 

「とにかく、黒崎君」

「はい」

「貴方は青少女保護観察官として、国により選任される事となりました」

「……えっと、僕が、ですか?」


 水城さんは横に置いたバッグの中から、分厚い書類を幾つも取り出した。

 青少女保護観察官、黒崎桂馬殿と書かれた賞状みたいな厚紙まである。


「青少女保護観察官は、非行少女の更生を目的としています。同じ年齢の異性がその子を正しい道へと導き、将来の伴侶として、または他の誰かに嫁ぐにしても、我が国の糧となる人材に育て上げる事を最大の目的としています」

「非行少女……え? 僕が導くんですか?」

「そうだ、黒崎君が導くんだ」


 問答無用な物言いに腰が引けるも、二人から目を逸らしながらも必死に弁明した。


「す、すいません、僕は生まれてから十五年間、彼女だっていないし女友達だって数えるくらいしかいないのに、いきなり青少女保護観察官だとか言われても自信が無いし納得が出来ません。こんなの、素直に頷ける方が間違ってる。僕にはその子を導くなんて無理ですよ」


 先の水城さんのように思わず早口になってしまった。

 だってしょうがないじゃないか、話が突飛すぎる。

 顏も知らない、名前も知らない同年代の女の子を導くとか、意味が分からない。


「黒崎君……私達もね、こういう仕事は本来大人がすべき事だと思っているんだ。だが、それをしてきたのがこれまでの世界だ。大人が介入し、子供の自由を奪い、こうであると諭し続けた結果、人口逆転という現象が起こってしまったんだ」


「だからって」


「思っている以上に子供は賢い、ましてや高校生になる年齢ですもの、それは大人と何ら変わりはない。だけど、やっぱり壁ってあるの。私達が介入すべきではない壁……それを、貴方たち同世代の異性に、青少女保護観察官として活躍して欲しいって、私たちはお願いするしかないのよ。……黒崎桂馬君、大人達の勝手な都合だって理解してる。でも、貴方に頼るしかないの」


 渡部さんと水城さんは三つ指を揃えて頭を下げると、分厚い書類を僕へと差し出す。 

 断れないんだろ、断ったら逮捕される案件なんだろ。

 ちらっと母さんを見ると、何とも言えない顔をしていて。


「書類に目を通すのは時間のある時で構いません。分からない事があれば、名刺に記載されているQRコードからチャット型式での質問が可能ですが、それでも不明点があれば電話番号への連絡でも問題ありません。黒崎君からの質問ならいつでも対応致します」

「……これって、報酬とか出るんですか」

「もちろん出ます。別邸に同棲して頂くのですから、生活に掛かる諸々の生活費、学費、その他全てが支給対象となり、黒崎君自身への報酬も発生します。ただ、未成年ですので、親御さん経由にはなってしまいますけどね」


 そっか、結構なお金が貰えそうなんだな。

 だから母さんも反対せずに静かに……ん? 同棲?


「実は、今日は顔合わせも兼ねているんです」

「え、そんな」

「大丈夫、今日は本当に顔を見るだけだから、すぐ終わるわ」


 いきなり顔合わせ……そんなの聞いてないし、何の準備もしていない。

 下は寝間着のままだし、上はだぼだぼの長袖シャツだ。このまま寝れるレベルの服装なのに。

 僕だって年頃の男だ、異性の目には気を遣うし、服装だって考えてしまう。


 けど、そういうのは二の次なんだなって事実を、僕は目の当たりにした。


「……っ」


 和室の襖を開けた瞬間、異臭がした。

 僕の通っていた中学の女子からは、こんな臭いは嗅いだことがない。

 一言でたとえるなら悪臭、ゴミ溜めの中で生活してきたのかなっていう、そんな臭い。


 赤く長い髪、手入れのされていないその髪にはフケのような白いゴミが見え隠れしていて。

 頬には喧嘩をした後のような赤黒い痣があって、歯はちらり見るだけで前歯がない。

 座った目が死んでいて、長袖から僅かに覗く色白の手は血管が浮き出ていた。


火野上ひのうえノノンさんです……ほら、火野上さん、挨拶しないと」

「……」

「すいません、同棲開始までにはちゃんと挨拶出来るようにさせますから」

 

 非行少女、青少女保護観察官の対象であり、僕が正しい道に導かないといけない人。

 上下ジャージ、挨拶すら出来ないこの子を、果たして僕に更生なんか出来るのだろうか。


 じぃ……っと見ていると、彼女はややぼったそうに顔を上げ、正面にいる僕と目を合わせる。

 無表情、なぜここに自分が連れて来られたのかすらも理解出来ないような赤い瞳が、とても怖いものに感じた。

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