18章 帝都 ~武闘大会~ 39
翌朝、一段と人が増えた通りを馬車で行き、闘技場へと入る。
今日は午前中に準決勝2試合を行う予定である。ちなみに明日は決勝戦と表彰、そして閉会式を行うことになっている。
メンバーから激励を受けつつ、第一試合の俺は控室へと向かった。
ストレッチなどをしていると、グランドマスター・ドロツィッテ女史がふらりとやってくる。
「ソウシさん、いよいよだね。ソウシさんとしてはモメンタルについてはどう考えているのかな?」
「昨日戦ったカルマの話を聞いて、また昨夜フレイとも話した結果、彼は『冥府の燭台』の、
「彼が操られているとか、『冥府の燭台』に傾倒しているとか、そんな話ではないと?」
「ええ、ほぼ確信を持っています」
「ということは、モメンタル本人はもうこの世にはいないということかい?」
「残念ながらその可能性は高いと思います。最悪の予想であって、外れて欲しいのも確かですが」
「ふむ、楽観視はできないか。するとファルクラム侯爵も?」
「それも可能性は高いかと。その場合、モメンタル青年が倒れた時点でアクションがあると思いますが、むしろそこでなにもない方が恐ろしい気もしますね」
「確かにね。当然彼女にはずっと監視はついているし、今日明日は特に厳しく見張るので、そちらは我々に任せてソウシさんは試合に専念してほしい」
「そうさせていただきます。怖いのはアンデッドを召喚された時ですね。一応メンバーには対処するように言ってあります。フレイは対アンデッドのスペシャリストなので、頼ってください」
「もちろんアーシュラム教の次期聖女と言われている彼女の力はあてにしているよ」
いたずらっぽくウインクをしながらおどけて見せるドロツィッテ女史。こんな時でも余裕を忘れないのが上に立つ人間という感じがする。
しかしやはりフレイニルは次期聖女って扱いなんだな。まあ彼女にはその資格も実力も十分以上にあるとは思うが。
「さて、ソウシさんにそこまで言われたらこちらも少し対応は変えないといけないかな。では武運を祈っているよ」
手をひらひらとさせて、ドロツィッテ女史は控室から去っていった。
それから10分ほど、係員が呼び出しに来た。
さていよいよか。多少
『虹龍の方角は「ソールの導き」のソウシ! 本選初出場』
メイスを掲げて舞台に上がるのはすっかりルーティンになった。
観客席から雪崩れてくるような歓声は、腹の底まで響くようだ。
『暁虎の方角は「睡蓮の獅子」のモメンタル! 本選初出場』
モメンタル青年も長剣を振り上げて舞台に上がってくる。
自信に満ちているように見える顔、しかしその瞳は心なしか虚ろなものに感じられる。口の端が持ち上がっているのも、なにか意味があってのものではない虚無の笑みか。
舞台の中心で、メイスと剣の先を合わせる。
「互いに全力を尽くしましょう」
という俺の社交辞令に青年は眉一つ動かさず、
「オクノ伯爵にマリシエール殿下は渡しませんよ」
と淡々と答えた。
どうやらまだモメンタル青年のフリを続ける意志はあるようだ。
「武運を」と互いに声をかけて距離を取り、30メートルほど離れて対峙する。
俺の『衝撃波』がぎりぎり届かないくらいの距離である。
『始めよ!』
一部の人間にとっては非常に重い意味のある戦いは、他の試合と同じように始まった。
俺はいつものように『万物を均すもの』と『不動不倒の城壁』を両手に持ち、ゆっくりと前に出る。
モメンタル青年は動かずにこちらをじっと見ていたが、20メートルほどの距離まで近づくと、それ以上距離を詰められないように円を描くように動き始めた。
この距離だと俺の『衝撃波』は届いても有効打にはならないだろう。青年はその距離を見切っているように見える。
俺が走り出すと、青年は『疾駆』を使って距離をとる。どうやら近づかせる気はないようだが、これだと互いに手詰まりになってしまうな。
俺が再度走り出そうとすると、モメンタル青年が長剣を突き出した。その剣の先から岩の槍が30本ほど射出され、すべて『不動不倒の城壁』の前に砕け散る。衝撃はなかなか強く、青年の魔法の力がAランクに相応しいことが分かる。
30秒ほどで再び青年が魔法を放った。今度は炎の槍が30本、だがその炎には黒い影のようなものが絡んでいるように見える。
嫌な感じだが、やはり盾で受けるしかない。炎が盾の表面で飛び散って俺の身体に降りかかってくる。もちろんそれくらいなら耐性スキルがすべて防ぐが、黒い影のようなものも一緒に身体に付着してくるのが気持ち悪い。
俺がそれに気を取られているとさらに青年が炎の槍を放ってくる。『先制』を使ったのか発動が早い。一発目と二発目の間を開けたのが『見せ』だったのだろう。
黒い影が嫌な感じなので次は『衝撃波』で魔法を吹き飛ばそうと思っていたのだが、それを潰されたような形になった。俺は盾で受けるが、やはり黒い影が俺の手足にまとわりつくように付着し、すうっと消えていく。
その時、モメンタル青年が、端正な顔を歪めてニイッと笑った。
「行きますよ?」
その声より早く、モメンタル青年は踏み込んできた。もちろん『疾駆』だ。
俺はメイスを振って『衝撃波』を――
「うっ!?」
思わず声が漏れた。上半身が異様に重い。何かが絡みついて動きを邪魔するような、もしくは粘度の高い液体のなかで身体を動かすような、そんな抵抗をいきなり感じた。
さっきの影のような奴の影響か? その考えも一瞬、俺は力を込めてメイスを振るう。だがそのスピードは普段の半分もでていない。
メイスを振りきる前に、モメンタル青年の身体は目前に来ていた。
青年が長剣を袈裟に振り下ろす。俺はなんとかそれをメイスでそれを受ける。そのままメイスを振って追い払おうとするが、青年は『疾駆』で左に回り込む。
盾のさらに外側に、そして俺の後ろに回り込もうとするモメンタル青年。
俺は身体をねじってなんとか追従する。上半身に比べて、下半身は普段通りに近く動く。逆にその自由度の差が、非常に身体のバランスをとりづらくする。
青年の剣が何度も盾の表面で弾かれる。そのまま盾を押し出すが、そこにもう青年はいない。さらに左に、盾の外側、俺の後ろに回り込んでくるつもりか。
「すごいですね、『
言葉に反して青年の目は
確かに厄介な技だ、防御の上から身体の動きを阻害してくるスキルとは。マリアネが使う『状態異常付与』の強力版だろうか。
しかしこのスキル、非常に嫌な感じがする。モメンタル青年ではなく、それを操っている者の力かもしれない。思えばイスナーニも妙な魔法を使っていた。『冥府の燭台』の人間は色々と良くないスキルをもっているようだ。
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