18章 帝都 ~武闘大会~ 38
「ジェイズが負けたかあ。剣技じゃ勝ってた気がするが、あのお嬢ちゃんの作戦勝ちか」
「まあそこも含めて実力だからな。それにジェイズを追い詰めてたからこそあの作戦も生きたはずだ。やはり『ソールの導き』ってのは実力があるんだな」
「しかしこれで準決勝は初出場が3人か。しかもこの後マリシエール殿下は必ず勝つとしても、これだけ荒れた大会もそうはないんじゃないか」
「だな。くぅ~、チケット取れてよかったぜ」
観客の声に耳を傾けていると、ラーニがニコニコ顔で貴賓席に戻って来た。
全員から祝福を受け、最後にカルマと抱きあったラーニは、その後俺の目の前にやってきた。
「おめでとう、いい戦いだったな。最後の動きは一瞬見えなかった。あれはずっと考えてたのか?」
「まあね。相手が剣だと格上なのは分かってたから、自分の持ってるスキルでなんとかしようしたのよねっ」
「考えついてもあの動きは一朝一夕ではできないだろう。ラーニの日々の鍛錬の成果だな」
「えへへっ。でしょ? もっと褒めていいからね」
そう言いながら俺の胸に頭をこすりつけてくるラーニ。目の間で揺れる狼の耳に自然と手が伸びそうになるが、カルマがニヤニヤしているのでぐっとこらえた。
俺たちがそんな感じで和気あいあいとしていると、ようやく本日最後の、マリシエール殿下の試合のアナウンスがあった。
舞台の上のマリシエール殿下はいつものように長剣『運命を囁くもの』を手に、泰然として立っている。
相手は二刀流のショートソード使いのベテランの冒険者のようだ。
観客がもっとも期待していた試合だったと思うが、勝負自体はあっさりとついてしまった。
相手選手の二刀による踊るような連続攻撃はまさに銀光の奔流のようであったのだが、その刃はすべて『運命を囁くもの』に弾かれ、マリシエール殿下の銀髪一本すら斬ることはかなわなかった。
外から見ても一瞬あるかどうかすら定かではない隙をついて、マリシエール殿下の身が
「参りました」
二刀ごと両手を挙げて降参した相手と握手をして、マリシエール殿下は手を振りながら舞台を去った。
もちろん怒涛の歓声が今日の大会の幕となったことは言うまでもない。
その一部始終を見ていたラーニだが、さすがに溜息をつくしかないようだった。
「なんか何度見ても意味が分からないよねマリシエール殿下の剣って。私の攻撃も全部あんなふうに弾かれちゃうのかな」
「グランドマスターの雰囲気だと、あれは殿下のスキルと関係があるようだったな。それがどんなスキルかはっきり分かれば対策の立てようもあるんだが」
「私も他の選手とかに聞いてみたんだけど、正確なことは誰も知らないみたい。ただやっぱり、相手の攻撃が弾かれるような感じだって言ってた」
「ふむ……」
ラーニがきちんと情報収集していたのにも少し驚いたが、それは彼女を侮りすぎなのかもしれない。勝利に対して貪欲なところが彼女にはある。俺も見習わないとならないところだ。
しかしそれ以上に、マリシエール殿下のスキルは傍から見ると不思議な感じがする。単に攻撃を寄せ付けないという防御系のスキルではないのは明らかだが、それが『弾く』という現象をどのように引き起こしているのか、はっきりとしたことはまるで分らない。いや、俺も予感のようなものはずっと持ってはいるのだが……。
「……ともかくまずは明日だな」
ただ、今俺が気にしなければならないのは明日の相手、モメンタル青年だ。彼の正体によっては、この大会そのものが揺れ動くことになる。
なんとも荷が重い話だが、俺はもうそういったものは避けては通れない人間であるのも確かであった。
その日の夜、夕食後リビングのソファでゆったりとしていると、フレイニルがやってきて俺の隣に座った。
フレイニルは家にいる時は俺の隣に座っていることが多く、ほかのメンバーもそれを温かい目で見ているようだ。パーティの中では最年少であるし、彼女が俺に強い気持ち――依存というよりもはや信仰に近い――を持っているのも知っているので、特にからかってくることもない。
俺もフレイニルが隣にいるのは当たり前のような感覚になっているので特にどうということもないが、今日に限っては不安そうな雰囲気だったので気になってしまった。
「フレイは武闘大会は見ていて楽しいか?」
「そうですね……見る前はどちらかというと見たくないという気持ちの方が強かったのですが、今はソウシさまやラーニ、カルマさんが戦っている姿が素晴らしいと感じています」
「ああいうのは好き嫌いがあるからな。会場の雰囲気も独特だし、俺もさすがに最初は驚いたな」
「すごい熱気で私も驚きました。あんなに多くの人が集まるのは初めて見ましたし」
「あれだけでもこの帝国の強大さが分かるようだな。王国に比べるとちょっと荒っぽい雰囲気があるような気もするが」
「冒険者の方もなんというか、血気盛んな方が多いように感じられます」
「『黄昏の眷族』も多く現れるみたいだから、戦いに対する感覚が強いのかもしれないな。俺はどちらかというと王国のほうが好みかもしれない。一番肌に合うのはオーズだが……」
「私も王国のほうが落ち着く感じはします。ですがソウシさまの隣が一番なので、どこでも大丈夫です」
時々重いことを言ってくるのにもすっかり慣れてしまった感がある。俺はフレイニルの頭を軽くなでて流しておく。目を細めるフレイニルは子犬か子猫のようだ。
「それでソウシさま、明日の相手なのですが……」
「モメンタル青年か? 何か気になることがあるのか?」
「はい。今日カルマさんと戦っていた時、最後の方で嫌な感じが一瞬とても強まったのです」
「ふむ……。やはり『冥府の燭台』が化けていた神官と同じ感じか?」
「はい、間違いなく同じだったと思います」
「そうすると、モメンタル青年についてはあの妙な泥人形なのは確定と見ていいか。操られていることも考えたが、カルマも剣で斬った時に妙な手応えだと言っていたしな」
「そうなると、ご本人はどこにいらっしゃるのでしょう?」
フレイニルは首をかしげながら何気なく言ったのだが、それに対する予想はかなり厳しいものにならざるを得なかった。
「あまり考えたくはないが、無事でいる可能性は低いかもしれない。もしファルクラム侯爵まで同じとなると、帝国としては一大事になる可能性もありそうだ」
「そんな……。もし本当なら、なんと邪悪な人たちなのか……。決して許せません」
「本当にな。しかし王家や帝室まで調べているのに正体が掴めないというのも不気味な話だ。となると彼らを察知できるフレイのスキルは今後さらに重要になるかもしれないな」
「私がお役に立てるなら、全力を尽くしたいと思います」
見上げてくるフレイニルの瞳には、俺への依存などとは違う強い光がある。王都での一件以来精神的に成長したように感じられる彼女だが、まだ変化の途上ということだろう。
若者の成長を頼もしく感じるとともに、自分も年長者としてなすべきことをなさねばと、改めて感じるのであった。
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