18章 帝都 ~武闘大会~  17

「はははっ、ソウシさんについては、それくらいは当然注目されてるだろうね。だけどまあそれ以上は積極的には関わってこないとは思うから、『ソールの導き』としては普段通りに活動してほしいね」


 グランドマスターの執務室は貴族のそれのように豪華さはなかったが、部屋そのものは非常に広かった。ただその広い部屋の三分の一くらいは魔道具が陳列されていて、どことなく趣味の部屋という雰囲気を醸し出している。


 備え付けのテーブルセットの椅子は『ソールの導き』全員が座ってもなお5脚ほど余るほどで、会議室としても使われることがあるのだと思われる。


「間接的にですが、マリシエール殿下の人気を肌で感じることもできました。『睡蓮の獅子』もとてもよさそうなパーティですね」


「そうだね。彼女たちもマリシエール殿下のパーティとして非常に高い能力を持つ冒険者たちだよ。全員が貴族の子女だから、ちょっと他の冒険者には壁を作られちゃっているけどね」


「なるほど、道理で身のこなしに品があるように感じられました」


「まあそういう意味ではリーダーが伯爵である『ソールの導き』の方がよほど特殊だけどね。ところでソウシさんたちは武闘大会まではどうするんだい?」


「まずは付近のダンジョンをすべて踏破したいと思います。あとは通常の討伐任務なども受けておきたいですね。メンバーの一部がまだBランクなので、大会までには全員Aに引き上げておきたいと思っています」


「ああそうか。パーティとしての功績を考えればもうAランクでもいい気がするけれど……」


 とドロツィッテ女史が目配せをすると、今Bランクのシズナとサクラヒメは揃って首を横に振った。


「わらわはまだAランクに達する腕前ではないからのう。今しばし力をつけて、己が納得できる形でAランクになりたいと思っておりまする」


「それがしも同じでござる。Aランクにふさわしき実力を得たのちに昇格をしたく存ずる」


「さすがだね。まあ帝都でA、Bクラスの両方を踏破すれば十分に力はつくし、誰も文句は言えなくなると思うから、それを期に昇格を考えよう。ゲシューラさんもそれでいいかな?」


「我はもとよりランクに執着はない。都合がよければそうしてもらってよい」


「わかった、そうさせてもらうよ。さて、今日はようやく『ソールの導き』に本部に来てもらうことができたからね、今までできなかった話をしようと思う」


 ドロツィッテ女史は満足そうな顔でそう言うと、自分の執務机から大きな紙を丸めたものを取り出してきた。


 テーブルの上に広げると、それはなんと大陸の地図であった。


 考えてみると、俺はこの大陸の地理については大雑把な知識しかない。そもそも大陸の地図を見るのも初めてである。恐らくは戦略上の観点から王家や帝室などによって厳重に管理されているのだろうが、まさかそれを冒険者ギルドで見ることになるとは思わなかった。


「ソウシさんは、地図を見るのは初めてかな?」


「ええ、初めてになりますね。しかしなるほど、このような形になっていたのですね」


 その地図の大部分は大陸で占められていた。形はちょうど日本の九州に近いだろうか。


 地図のどこを見ても大陸の名前がないのは、もしかしたら他に大陸がないか見つかっておらず、名前をつける必要がないからかもしれない。


 その大陸の北半部はここアルデバロン帝国の支配下にあるようだ。そして帝国の南、大陸の半分より下にヴァーミリアン王国が横に長く広がっており、さらにその南の西側三分の一ほどがオーズ国、東側三分の二がメカリナン国となっている。それ以外にも周囲にいくつかの小国があるようだが、話にも聞いたことのない名前の国ばかりだ。


 それ以外で俺の目を引いたのは、大陸の北、海を越えたところに描かれている大きな島だった。大陸の海岸線が正確に描かれているのに対して、その島の海岸線はかなり適当に描かれている。その理由は、島の中に書かれた、『黄昏の庭』という文字で明らかであった。


 俺たちが一通りその地図に目を通したのを見計らって、ドロツィッテ女史は再び話しはじめた。


「さて、まず喫緊きっきんの話からしようか。『黄昏の眷族』については、すでに帝室も冒険者ギルドも近い内に大きな動きがあると見ているのは伝えた通りだ。そして彼らが大陸に攻めてくるなら、当然北のこの海岸線から上がってくることになる」


 ドロツィッテ女史は大陸の北端の海岸線に指を走らせた。


「この海岸は永久凍土とも言える場所でね、人間はほとんど住んでいない。普通なら船が近寄ることもできないような場所なんだけど、『黄昏の眷族』はそこを平気で上がってくるみたいなんだ」


「彼らの強靭な肉体があればこその力技ですね」


「多分ね。で、常識で考えれば当然その海岸線で迎え撃てという話なんだけど、はっきり言ってそれは不可能なんだ。このあたりはおよそ人間が活動できる土地じゃない。『黄昏の眷族』と会敵する前に、騎士団や冒険者の半分が脱落するだろうね」


「そこまでの土地ですか。しかしそれより北にある『黄昏の庭』はさらに厳しい環境なんでしょうね」


 そう言いながら、俺はゲシューラの方を見た。そういえば彼女は薄着を好むように見えたが、もしかしたらこちらの気候が暑すぎるということなのだろうか。


 俺の視線に気づいてか、ゲシューラは首を横に振った。


「確かに気温は低いが、土地そのものが熱を持っていて暮らすのに厳しいというほどではない。草木も十分に生えていて、食うものに困ることもない」


「へえ。土地が熱を持つなんて面白いね。もしかして火山が多かったりするのかな」


「島の中央付近には確かに火山がある。長いこと活動はしていないが」


「やっぱり一度は行ってみたいね……っと、今はその話ではなかったね。ともかく、こちらも迎え撃つとしたら、ここ……」


 ドロツィッテ女史の細い指が、北の海岸と帝都の間まで滑ってきて止まる。東西から山脈が迫るところに南北に通る、細長い平原のようだ。


「この『北の回廊』と言われる土地でやることになるはずなんだ。回廊の南端は帝都から10日くらいかな。ちなみにこのあたりは、ザンザギル侯爵と並んで武闘派と言われるファルクラム侯爵の領地ということになっている」


 どこかで聞いた名前に、俺は思わず顔をしかめそうになってしまった。


「おや、ソウシさん、なにか気になるのかい?」


「いえ、実は――」


 ファルクラム侯爵の疑惑に関しては一応口止めされている。ただグランドマスターには遠からず伝えるとのことであったし、この場で共有しないといけない情報ではあるだろう。


 とりあえずファルクラム侯爵に『冥府の燭台』とつながりがある恐れあり、との話を手短に伝える。


 ドロツィッテ女史はそれを聞いて、整った眉をきゅっと寄せて「ふぅん……」と声を漏らした。


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