18章 帝都 ~武闘大会~  16

 その後フレイニルの希望で装飾品店に向かい、フレイニルが気に入った装飾品を買ったりした。この際メンバー全員にプレゼントでも……と思ったが、自分にセンスがないのを思い出してやめておいた。若い娘に装飾品をプレゼントするという行為にどうしても抵抗があったというのもある。もちろん前世の感覚なので、こちらの世界では無駄な考えなのかもしれないが。


 ともかくも中央通りをぶらぶらしつつ、あちこちで買い物をし、昼に冒険者ギルド前に全員が集合した。


「いや~、帝都はやっぱり美味しいものがいっぱいあったわね。特に肉の種類が多くてビックリ」


「はしたないと思いつつ、串焼きを食べまくってしまったのう。すべての屋台を回りたいくらいであった」


 ラーニとシズナはこの上なく満足そうな笑顔を見せている。カルマはそれにプラスしてワインボトルのようなものを手にしている。まさか酒だろうか。確かに彼女は俺につきあって飲むこともなくはないのだが、夜に飲むための土産だと思いたい。


「服も既製品が揃っていて驚きますね。合うサイズがかなり揃っていて、つい買いすぎてしまいました」


「それがしは服飾にはあまり興味がなかったのだが、スフェーニア殿につられてつい……。このようなこと、とても父や母には話せぬ」


 スフェーニアは満足げな表情をしている一方で、サクラヒメはなぜか少し恥ずかしそうな顔をしている。女の子が服を買うのに恥ずかしいということもないと思うが、彼女の育ちが分かるようで面白い。


 ちなみにマリアネは、朝には着けていなかった青いケープのようなものを羽織っていた。これは褒めておかないとダメなやつだろうか。


「マリアネのそのケープは新しく買ったものか? とても似合っているな」


「……ありがとうございます。ソウシさんたちはどちらに行かれたのですか?」


 マリアネは一瞬笑ったようだが、それを隠すようにしてすぐに質問を返してきた。


「魔道具店とアクセサリー屋がメインかな。つい色々な魔道具を買ってしまったから、暇なときに見てくれ」


「魔道具は高かったのではありませんか?」


「ああ、ちょっと調子に乗って結構な散財をしてしまったかもしれない。まあゲシューラにとっては資料にもなるだろうし、無駄にはならないだろう」


「それはグランドマスターがさらに興味を持ってしまうかもしれませんね」


「確かにな」


 などと互いに報告をしてから、全員で冒険者ギルドへと入った。


 帝都の冒険者ギルドは王都のものと比べても規模が倍ほどあった。まず建物そのものが五階建てのビルのような見た目である。その一階部分は1フロアがまるまるロビーになっていて、床面積は学校の体育館ほどもある。カウンターに並ぶ受付職員の数も10人を超え、大型の掲示板に貼り出されている依頼は、すべて目を通すだけで一時間くらいかかりそうだ。


 冒険者が比較的出払っているはずの昼であるのに、300人くらいの冒険者がたむろしていた。ランクは本当に上から下までいる感じで、歴戦の強者感を出すパーティから、まだ幼さの残る少年少女のパーティまでさまざまだ。


 俺たちが入っていくと何人かがこちらに目を向け、そして仲間になにかを耳打ちし始める。『ソールの導き』は目立つから仕方ないのだが、こういうのに完全に慣れることはこの先もなさそうだ。


 ラーニとシズナはいつもの通りカウンターの受付嬢に情報収集に、スフェーニアとカルマ、サクラヒメは掲示板を見に、マリアネは2階の職員の部屋に向かった。


 俺とフレイニル、ゲシューラはロビーの端に移動してグランドマスターからの呼び出しを待つが、どうも視線を感じて落ち着かない。


 ラーニ達は早くも受付嬢と打ち解けて談笑をしている。スフェーニアたちもいつぞやのように絡まれることはなさそうだ。


 などと思っていると、俺のところに近づいて来る女性がいた。


 二十歳中ごろの、黒髪をショートヘアにした凛とした美人である。オリハルコン製と思われる槍を持っているので槍使いだろう。『銀輪』のラナンを思い出すな。


 彼女は俺の前まで来ると、慇懃に一礼をした。所作から見て貴族の子女のようだ。


「初めまして、私はAランクパーティ『睡蓮の獅子』のサブリーダー、ソミュールと申します。失礼ですが『ソールの導き』のオクノ伯爵様でいらっしゃいますか?」


「初めまして。おっしゃる通り私がオクノです。『睡蓮の獅子』というとマリシエール殿下の?」


「はい、そうなります。マリシエール殿下がいらっしゃらないときは、私がリーダーを務めています」


「『睡蓮の獅子』のお話は殿下から色々とお聞きしました。非常に優れた冒険者パーティだとうかがっています」


 と言いながら、俺はソミュール女史の後ろにちらと目を走らせた。


 やはり貴族の子女と思われる美人が2人いる。一人は魔導師風、一人は神官風だ。ただくだんのモメンタル青年の姿はない。


「ありがとうございます。オクノ伯爵様については、帝都のこのギルドでもすでに噂になっています。『ポーラードレイク』のジェイズ殿が話をしていましたので、帝都の多くの冒険者はオクノ伯爵様のことは知っていると思います」


「いい噂であることを祈っていますよ。ところで帝都のギルドというのは、昼頃でもこれほどの人数の冒険者が集まるのですね。かなり驚きました」


 俺の言葉に、ソミュール女史は「ふふっ」と笑みをこぼした。


「失礼しました。私たちを含めて今ここにいる冒険者の半分くらいは、英雄にして二国の伯爵、そしてマリシエール殿下の好敵手たる人物をひと目見ようと集まっているのです」


「なるほど……ああ、いや、それはまた私としてはどうとも答えようがない話ですね。見た目にあまり面白味がなくて申し訳ないとしか」


「ご謙遜を。実は朝マリシエール殿下とお会いしたのですが、それはもう子どものように無邪気な顔で『武闘大会が楽しみ』とおっしゃっていました」


「楽しんでいただけるといいのですが。ソミュール様はお出になられるのですか?」


「ええ、もちろんです。ここにいる人間だけでも20名ほどは参加するはずです」


 俺がオクノだと名乗ってから刺すような視線を投げかけてくるようになった冒険者が何人もいるのだが、大会出場者だと思えば納得だ。


 そういう意味では、このソミュール女史も俺がどんな人間なのかを見定めに来たのかもしれない。


 逆に言うと、マリシエール殿下はそれだけ帝国の人間に愛されている『英雄』ということになるのだろう。そんな存在に他国から挑戦しに来た俺は、さしずめ英雄物語の悪役ヒールといったところか。


 自分の立場を再認識していると、2階からマリアネが下りて来た。


「ソウシさん、グランドマスターが執務室に来るようにとのことです」


「わかった。ソミュール様、申し訳ありませんがこれにて失礼いたします」


「お忙しいところお話をいただきありがとうございました」


 ソミュール女史が一礼をして離れていくのを見届けて、俺はメンバーに声をかけてグランドマスターの執務室へと向かった。


 階下から「あれだけ美人連れててマリシエール殿下まで狙うってのか……」とか「英雄色を好むなんていうけど、あれは女の敵だね、間違いない」なんて声が聞こえてくるのは気づかないフリをしたかったのだが、ラーニやカルマがニヤニヤ笑っているので間違いなく後でいじられそうだ。

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