18章 帝都 ~武闘大会~  14

 その女性貴族と青年がどうしても気になった俺は、ラーニやカルマと共に料理を食べているフレイニルのところへ行った。


「フレイ、食事してるときに済まない。あそこのマリシエール殿下と話をしている2人は分かるか?」


「はい、あの女性と男性ですね。それが……あ……、あの人たち……」


「なにか感じるんだな?」


「はい。この感じは、王都で『聖女交代の儀』の時にいた、あのおかしな神官と似たものです」


「2人ともか?」


「はい、お二方ともに感じます。ただかなり弱いものですが……」


「ラーニは何かにおわないか?」


 上等な肉料理に夢中になっていたラーニは、「ふぇ?」とか言いながら料理を飲み込むと、何食わぬ顔で2人の近くまで行って戻ってきた。


「確かにちょっとイヤなニオイはするわね。アンデッドのニオイに近いかも」


「ソウシさま、それではもしかして……」


「ああ、もしかしたら『冥府の燭台』に関係があるのかもしれない。せっかくだから話しかけてみるか」


「お気を付けください」


「こんな場所では暴れたりしないだろうから大丈夫だ」


 当然だがこの場にはマリシエール殿下やドミナート騎士団長がいる上に、精鋭の騎士たちも随所に立って警備をしている。もちろんAランクパーティの俺たちがいるのも分かっているはずだ。もし彼らが『冥府の燭台』の関係者であってもそうそう動き出すことはないだろう。


 しかしまさか帝国の、それもほぼ中央に近いところに『冥府の燭台』の関係者がいるかもしれないとは。いや、思えばメカリナンでも王国でも同じだったか。むしろどちらも権力者の側にいるパターンだったな。


 俺は『悪運』の気配を感じつつ、マリシエール殿下の所へ歩いていった。


「殿下、こちらの料理はとても美味しいですね」


 わざと気づかないフリをして、話を聞いている途中の殿下に声をかける。話を中断され嫌な顔をする女性貴族。俺はさも今気づいたかのように頭を下げた。


「これはお話し中とは気づかず、大変失礼をいたしました。わたくしはこの度帝国伯爵位を賜ったオクノ・ソウシと申します。お話の邪魔をしてしまい申し訳ございませんでした」


 俺が謝罪をすると、茶色に近い金髪を後頭部で盛った中年の女性貴族は、急に愛想笑いを始めた。


「これはこれは英雄殿、こちらこそ挨拶が遅れて申しわけございませぬ。私は帝国侯爵位を賜るローズマリ・ファルクラムと申します。こちらは愚息のモメンタル、どうかお見知りおきを」


 ファルクラム侯爵は女性の当主、女侯爵ということらしい。隣に立つモメンタル青年は、俺より頭半分ほど高い偉丈夫いじょうふだった。くすんだ金髪を綺麗にセットした、一見すると覇気のある好青年といった雰囲気の人物である。


「ファ、ファルクラム家はザンザギル家と並んで帝国では武門の誉れ高い家系なのですわ、オクノ伯爵」


 と付け足してくれたのはマリシエール殿下だ。俺に対してはまだ緊張しているように見える。


「そうでしたか。帝国の兵の練度の高さは身をもって感じているところです。ファルクラム侯爵の領も一度訪れてみたいところですね」


「英雄殿が来てくださるなら兵たちの士気も上がりましょう。その時は家を挙げて歓迎いたします。それから英雄殿は、此度こたびの武闘大会に出られるとか。もしモメンタルと当たることがあればご教授をお願いできるでしょうか」


 ファルクラム侯爵がそう言うと、モメンタル青年がズイと一歩前に出てきた。その表情は自信に満ちていて、身長差の関係でこちらを見下ろす感じになる。


「初めましてオクノ伯爵、ファルクラム家の長子、モメンタルと申します。Aランクの冒険者で、帝国内ではそれなりに名も通っております。オクノ伯爵とは、ぜひ武闘大会で手合わせをしたいと願っております」


 青年は頭を下げてくるが、どことなく不遜、というか心のこもっていない雰囲気がある。もっとも言葉通り彼が武門の誉れ高いファルクラム家の出ということなら、その態度も理解できなくはない。武闘大会に出るというなら腕に自信もあるのだろうし。


「その時は互いに全力を尽くしましょう。ところでモメンタル殿は、冒険者になってからどのくらいになるのですか?」


「そうですね、約1年半というところでしょうか。これでもマリシエール殿下の次に早くAランク到達しています」


「それは素晴らしいですね。きっと類まれな才能と、そしてたゆまぬ鍛錬の結果なのでしょう」


「殿下率いる『睡蓮の獅子』のメンバーとして恥ずかしくない行いをしてきただけです。殿下にのは自分だという自負も多少はあります」


 と言いながら、青年は目の端に多少強い光を宿らせた。そこにはいくばくかの俺への対抗心があるように見える。


 いきなり出てきた英雄に対する態度としては、あるいはそれも適当なのかもしれない。もちろん彼がマリシエール殿下に心惹かれていて、俺をその障害と見なしているという可能性もなくはない。それに関しては俺自身そのつもりはないと言いたいところだが、皇帝陛下にもお墨付きをもらっていることもあって内心苦しいところだ。


「モメンタル、そのあたりにしておきなさい。オクノ伯爵、我々はこれで。マリシエール殿下におかれましても、今後とも愚息をよろしくお願いいたします。では失礼いたします」


 微妙な空気になりそうだと察したのか、ファルクラム侯爵は話を畳むと優雅に一礼をして、青年を連れて去っていった。


 その後姿を見送っていると、マリシエール殿下が心配そうに声をかけてきた。


「お、お気を悪くしないでくださいませオクノ伯爵。モメンタルは普段は静かな男なのですが、武闘大会が近いので少し血気にはやっているようなのですわ」


「いえ、私は新参者ですから、彼のような才に恵まれた若者が多少気にするのは仕方ないと思います。ところで彼は殿下のパーティの一員なのですね?」


「はい……。加入したのはひと月ほど前からですが、かなり優秀な戦士ですわ。献身的なところもあり、他のメンバーも信頼をしています」


「なるほど。先ほどのお話ですと、彼も武闘大会には出られるとのことですが……」


「え、ええ。彼はわたくしに勝つということを公言してはばからないところがありまして。彼をパーティのメンバーに入れたのも、実は多少強引な話もなくはなかったのです」


 と少し困った表情を見せるマリシエール殿下。


 前半だけ聞くと若者同士の青春的な話かと思ったが、後半の微妙な言い回しからすると、やはり政治的な裏もあるということか。まあ皇妹殿下ともなると単純に好き嫌いで寄ってくる男の方が少ないだろう。


「殿下としては、彼に負けるつもりはないのですね?」


「え、ええ、もちろんですわ。戦いの場で手を抜くことはいたしません。それは誰に対しても失礼であるでしょうから」


「そのお考えには賛同いたします。しかしなるほど……」


「な、なにか気になることがおありですか?」


「いえ……」


「おやおや、ずいぶんと仲がよくなったようですね。2人がそうやって親密に話をしていると、私に対する周囲の目も自然と厳しくなって困るんだけどねえ」


 そこで皮肉っぽい笑みを浮かべた皇帝陛下が現れた。


 たきつけている本人であるからもちろん冗談であることは分かるのだが、半分は冗談ではないだろう。それを感じてか、マリシエール殿下は微妙に眉を寄せている。


「皇帝陛下、つかぬことをうかがいますが、ファルクラム侯爵家は帝国としてはどのような立ち位置にある貴族家なのでしょうか?」


「モメンタルが気になるのですか? 確かに彼はかなりの強者と聞いていますが、ソウシ殿の相手にはならないと思いますよ。それとファルクラム家ですが、帝国を最初期から支えている武門ですね。先代が急逝してその妻であるローズマリ夫人が爵位を継いだのですが、子息のモメンタルが冒険者として名を上げればそちらに譲るつもりのようです」


「重鎮ということですね。……陛下、内密に耳にお入れしたいお話があるのですが、お時間をいただけないでしょうか?」


 俺の言葉に、皇帝陛下は少し驚いたような顔をして、それから表情を崩してうなずいた。


「ええ、英雄殿のお話とあらばうかがいましょう。他に誰か聞いておいた方がいい者はおりますか」


「宰相閣下と、マリシエール殿下もできれば同席いただければと思います」


「分かりました、このパーティが終わったら席を設けましょう」


 とりあえず話だけはしておかなければならないが、相手が帝国屈指の重鎮となるとこちらも慎重に話をしないとならない。英雄などと持ち上げられ、爵位も賜ったとはいえ、俺は所詮まだ新参者でしかないのだし。

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