17章 帝都への長い道 36
「ダンジョンで得たアイテム類は大原則としてそのパーティに所有権はあるから、新発見の素材だからと言って必ずしも帝室に献上する必要はないよ」
翌日ドワーフの里に戻り、『アビスメタルスフィア』の取扱いについてドロツィッテ女史に相談をすると、そんな答えが返ってきた。
「マリアネの鑑定結果を聞く限り人間では加工できないものみたいだし、結局はただ重いだけの球だ。たしかに希少価値は高いと思うけど、これを献上しても宝物庫の重しにかならないだろう? だったら英雄が有効に利用した方がいいと思うよ」
とまで言ってくれたので、俺はそのままドワーフの里長ライアノス氏のところに行った。
「おうソウシさん、なんだい急に?」
「ええ、実はこれなんですが……」
「なんじゃこれは……。金属……みたいではあるようじゃな」
「ええ。『アビスメタル』という金属のようです。鑑定によると加工が一切できない特殊な金属らしいのですが、実はダークメタルよりも重い金属なんです」
「そりゃまた難儀な金属じゃのう。して、これをどうしたいんじゃ?」
「今造ってもらっているメイスなんですが……」
「待て待て、もしかしてこれをおもりとして中に入れろということか?」
「その通りです」
「かぁ~! 『アビスメタル』なんてものはワシでも聞いたことがない。ということは完全に新しく見つかった素材っちゅうことじゃろ。それを贅沢にもおもりとして使おうってわけかい!」
「それ以外には役に立たない金属のようなので」
そう言うと、ライアノス氏は俺の背中をバシバシと叩いて大笑いをした。
「まったく英雄ってのはとんでもないことを考えるのう! まあええわい、客の希望通りの、いや、希望以上のものを作るのがワシらの仕事よ。喜んで請け負ったるわ!」
というわけで、俺の武器が前代未聞の超兵器になることが確定した瞬間であった。
なおダンジョンで得た大量の金属インゴットはドワーフの里のギルドで売却をしたが、あまりの多さにギルドの前に山積みにしたところ、それを見ていたドワーフたちがまた酒盛りを始めてしまった。
鉱山ダンジョンのモンスターはスキルを鍛えるのにちょうどいいのでこのあとも何度か入る予定なのだが……毎回宴会をするつもりはないと思いたい。
それから4日後、俺たちの武器は完成した。
話によると俺の武器製作は相当難儀したらしく、ドワーフの力自慢冒険者を複数臨時で雇ったらしい。
それはともかくとして、今俺たちは里長ライアノス氏の工房を訪れている。
「まずはこれが篭手じゃな。前衛用はすべてオリハルコン製、後衛用はミスリルで軽量に作ってある。いずれも鑑定で『+2』の評価を得ておるので悪くないはずじゃ」
まずテーブルに並べられたのは、薄い金色に輝く重厚な篭手が5双、そして青みがかった銀色の篭手が4双だ。
それぞれの用途に合わせてデザインなどが違い、例えば俺のものは肉厚に作られ、防御はもちろん殴っての攻撃にも使えるようになっている。ラーニとマリアネ用のものは細身で取り回しやすくなっていて、カルマとサクラヒメのものはその中間のものになっている。
一方でミスリル製のものは後衛用ということで基本的には細身の軽量タイプだ。指先が繊細な作業に対応したもののようで、職人の技が光る逸品である。
「それからこれがオリハルコンの長剣じゃな。鑑定の結果『紫狼』という名が付いたようじゃ。『剛力+3』『切断+3』『翻身+3』がついた、ワシが打った中でも間違いなく最上級のものの一つじゃの」
「これすっごい! 持っただけで力が湧いてくるのがわかるわね!」
ラーニが我慢できずに剣を握って目を輝かせている。『紫狼』というのは、紫の髪を持つラーニにふさわしい、というかまさにそのままの名前だな。
「それからこっちがオリハルコンの薙刀じゃ。柄まですべてオリハルコンにしたので
「これほどの大業物、それがしにはまだ早いとも思えるが……この『吹雪』にふさわしい使い手となるよう精進をするでござる!」
サクラヒメは『吹雪』を両手で捧げるように持って、真面目にそんな宣言をする。『サクラヒメ』が『吹雪』なので『桜吹雪』だな、とか言ったら白い目で見られそうだ。
「そしてこいつがソウシ殿のメイスじゃ。『アビスメタルスフィア』を先端に埋め込んだおかげで力自慢の冒険者10人で動かすのがやっとという、恐ろしい武器ができてしまったわい」
床に直接置いてあるそれは、長さが2メートル弱の巨大なメイスであった。
握りはペットボトルほどもあった今までのものより若干細いものの、先端にいくほどに太さを増し、最終的には電柱なみになる。そしてその先端には
もちろん全体は無垢のオリハルコンであり、薄い金色の光沢が美しい、しかし異様な存在感を放つ武器であった。
「鑑定した結果『万物を
そう言って髭をなでつつ、俺に目配せをするライアノス氏。どうやら「持ってみろ」と言いたいらしい。
俺は『万物を均すもの』という意味深な名のついたメイスの、その持ち手を握ってみた。さすが名匠の作、太くても非常に握りやすい。
グッと力をこめる。なるほどこれは重い。見た目だけでも十分重そうに見えるのだが、実際はその10倍くらいの重量を感じる。
両足に力を入れて一気に持ち上げる。不思議なことに、一度持ち上げると少し軽くなったように感じられる。重量バランスがいいからなのだろうか、さすが名匠と
「力自慢のドワーフが10人でやっと運べるようなメイスを片手で持ち上げるたあ、いったいどんな腕力しとるんじゃ……」
ライアノス氏が奥まった目を丸くして、しきりに髭をなではじめる。近くにいたお弟子さんたちの中には顎が外れるほど口を開いている人もいる。
その場で何度か振ってみる。そのたびにブンッ、ではなくゴウッ、という音が響く。その先端に恐ろしい破壊の力がこもっているのが全身で感じられて、鳥肌が立つようだ。
「とても握りやすく、そして振りやすいメイスですね。どれだけの技術がここにこめられているのか、それを思うと圧倒される気がします」
「わかってもらえるのは嬉しいのう。しかしワシらとしては、そのメイスが振るわれるところを見て魂が消し飛びそうなほどじゃぞ。ソウシ殿がそのメイスを本気で振るったら城ですら一撃で崩れ去るのではないかのう」
城壁なら『衝撃波』で崩しかけた実績があるが、このメイスで本気の『衝撃波』を放ったらどうなるのかは俺としても興味があるところだ。ただダンジョンの中でそれを試したらメンバーにも危険が及びそうな気がする。
「そうそう、一度あの盾と同時に構えてみてはくれんかの。両方同時に持つことでバランスがとれるようにしてあるでの」
「わかりました」
『不動不倒の城壁』を出し、両手で構える。どちらも規格外の大きさをもつ武具だが、全身を使って振り回すようにすれば干渉することはない。このあたりは慣れでいかようにもできる。
ふたたび何度がメイスを振ってみると、確かにメイスだけの時より振りやすい。単純に筋力が倍必要になるはずだが、こちらのほうがしっくりくるのはまさにバランスの妙ということか。武具の道は素人では測れないほど奥が深いようだ。
「たしかに両方持った時の方が動きやすく感じますね。すばらしいお仕事です」
「がっはは! そうだろう! そこまで考えて作らなければ本当の武器職人とはいえんからな! いやしかし、ソウシ殿がそのメイスと盾を振り回してモンスターを倒すところを見てみたいものじゃ」
「お見せできないのが残念です。親方の耳に噂が届くように頑張ってみますよ」
新しい武器にテンションが上がてしまったせいか、柄にもないことを言ってしまう。
するとフレイニルが輝く目を俺に向けてきた。
「今のソウシさまのお姿はまさにソール神そのもの。乱れつつある世を力で収める偉業は、ソウシさまでなくてはなし得ません」
「いやフレイ、俺は単に力が強いってだけだからな……」
「その力を正しく使えるのがソウシさまのすばらしいところなのです。そんなソウシさまと共に歩めることを、私はアーシュラム神に感謝いたします」
俺に向かって祈り始めるフレイニル。その全身が『神気』スキルでほんのり輝き始めると、なにかちょっと空恐ろしいというか、妙な風評が広がりそうで怖くなってくる。ライアノス氏もお弟子さんたちも「おお……」などと絶句しているのだ。
それを見て「ププッ」と笑いながら、ラーニがフレイニルを止めに入ってくれた。
「フレイ、そこまでにしておかないとソウシが本当に神様になっちゃうからね」
「ソウシさまはすでに神様でいらっしゃると思います」
「でも神様だと結婚できなくなっちゃうけどいいの?」
「え……っ? いえ、それは……」
なぜかそこで言葉に詰まるフレイニル。恐る恐るといった感じで俺の方を見てくるが、しかし俺はどう反応していいかわからない。
「ああ、そうだな……将来的には結婚はするかもしれないから神様扱いは困る……かな」
と適当な言葉で神様扱いを避けるほうに持っていくと、ラーニがなぜかウインクしながらサムズアップをしてきた。スフェーニアやシズナも微妙に俺のことを熱のこもった視線で見ているのに気づき、俺は今の言葉が迂闊だったと気づくが後の祭りである。
「……まあすぐという話ではないけどな。とにかくフレイ、俺は中身は普通の人間だ。フレイの気持ちは嬉しいが普通に扱ってほしい」
「ソウシさま……。わかりました、ソウシさまがおっしゃるならそのようにいたします。しかし私はソウシさまの行く末を最後まで見たいのです。それはお許しください」
「それはもちろんだ。俺だってフレイが将来どうなるのかは見届けたいからな」
と言ってフレイニルの頭をなでて誤魔化しておいた。
最後は少し妙な雰囲気になってしまったが、これでパーティの戦力を大幅に上昇させることができた。
Aランクパーティとしてはもはや並ぶものは少ないと思えるほどの『ソールの導き』だが、実際にどうなのかは帝都の武闘大会に集まる冒険者たちを見てみないと結論は出ないだろう。
まずは都市ザンザギリアムに戻りザンザギル侯爵に挨拶をして、いよいよ帝都に向かうことになる。
しかしその前に、『万物を均すもの』の威力を確かめてみたいものだ。やはりこういうものにはいくつになっても魂が揺さぶられるものである。
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