16章 王都騒乱  10

「こんばんは。お勤めご苦労様ですわね」


 そう言いながら、ミランネラ嬢はフレイニルをちらりと見る。見られたフレイニルはビクッとして下を向いてしまう。


「こんばんはミランネラさん。この度聖女になられるそうで、おめでとうございます」


「あら、ありがとうございます。先日はサクラヒメがお世話になったようで、私からもお礼を申し上げますわ」


「いえ、たまたまアイテムがあっただけですので。ところで『至尊の光輝』の皆さんはお元気ですか?」


「聞いたと思いますが、サクラヒメは『至尊の光輝』からは抜けましたわ。もともとガルソニアとは対立しがちでしたので仕方がなかったのですけど。ガルソニアとアッティルは少し立ち直るのには時間がかかりそうですの。あのライラノーラとかいう女には相当怖い思いをさせられましたので」


「それはお気持ちお察しいたします。彼女は非常に強力なダンジョンボスだったようですね」


「そうね。『黄昏の眷族』の時も怖い思いはしましたけど。そういえばどちらも貴方が倒しているのですね。しかも両方とも私たちが戦った後……不思議ですね」


 微妙に引っかかる言い方をするのは、手柄を横取りしたとでも言いたいのだろうか。枢機卿もそんなことを匂わせていたが、実際に彼女たち自身がそう考えているというのなら現実認識があまりにおかしいと言わざるをえない。


 とはいえ明言しているわけでもない以上、過剰に反応するのはよけいに付け込まれるだけだ。俺が黙ってると、ミランネラ嬢はふんと言ってからフレイニルの方に向き直った。


「まあそれは今はいいのです。ところで、そちらにいるのはフレイニルですよね? フレイニル、私のことを覚えているかしら? 一度だけお父様の誕生パーティーで会ったのだけど」


 急に言葉をかけられて、フレイニルはまたビクッとしてから、おずおずと顔を上げた。


「はい、まだ小さかった時ですが、覚えています。ミランネラお姉様」


「私はもう貴女の姉ではないわ。いえ、貴女が私の妹ではなくなったと言うべきね。貴女はアルマンド家から外れたのだから」


「……はい、そうでした」


「『聖女候補』からも外されて、どこかで細々と冒険者でもやっているのかと思っていたのに。わざわざ私の前に出てくるなんて、なにかのあてつけなのかしら?」


 ミランネラ嬢は眉間にしわを寄せてフレイニルを睨む。まるで昔の少女漫画のいじわる令嬢のような物言いだ。


 フレイニルが口を閉ざして下を向いてしまったので、さすがにこれは口出しせざるをえない。ラーニがウズウズしてるのも見えているからな。


「口を出してすまないが、あてつけもなにもフレイニルがここにいるのは単に俺の指示に従っているというだけだ。彼女自身に君に対するなんらの意図もない」


 ミランネラ嬢は眉をゆがめて俺を横目に見る。


「これはわたしとフレイニルの間の話ですので、口出し無用に願いたいのですけれど」


「貴方の言い分があまりに一方的で理不尽なので口を出しただけだ。我々はそちらの依頼を受けてここにいる。その時点でフレイニルがここにいることは了解済みのはずだ。後から文句を言うのは契約に反する」


「貴方はなんなのですか。いつもこちらの邪魔をして……!」


「邪魔? 助けた覚えしかないが」


「ああ言えばこう言うでは話になりませんわね。今はそんな話をしに来たのではないですし」


 ミランネラ嬢はゆがみ切った顔をとりつくろうと、再びフレイニルに向き直った。


「まあフレイニルがなにを考えていようが、それはどうでもいいのです。声をかけたのは、貴女が持っている杖『聖女の祈り』を私に譲りなさいと伝えたかったからです。それはこの後『聖女』となる私が持つべきものです。いくばくかの礼は差し上げますから、その杖を教会に献上しなさい」


 いきなり驚くべきことを言い出すミランネラ嬢に、他のパーティメンバー全員が一瞬ピクッと動いたのが分かった。ミランネラ嬢の護衛の神官騎士も瞬間的に構えをとる。


 なぜ『聖女の祈り』だと知られたのか、それは多分教会に誰か『鑑定』持ちがいたからだろう。しかしそれを「譲れ」と強要するのは冒険者としてはタブーに近いはずだ。


 俺がまた口を出そうとすると、フレイニルが顔を下げたままボソッと言った。


「……りします」


「なにフレイニル、聞こえなかったのだけど」


「お断りします。この杖はソウシさまが、私に似合うと言って私にくださったものです。絶対に誰にも渡しません」


 今度は顔を上げて、はっきりとした口調で伝えるフレイニル。その顔は先程までとは別人のような意志の強さに満ちている。


「そんなことは誰も聞いていないわ。その杖は私が持つべきものなの。どう考えても貴女に似合うものではないでしょう。『聖女』失格の貴女には」


「ソウシさまのお言葉は絶対です。ミランネラ様がなにを言おうが、この杖は私のものです。もしミランネラ様が聖女としてふさわしいなら、自然と同じようなものが手に入るでしょう」


 フレイニルの強い目の光に、ミランネラ嬢が一瞬鼻白み、そして再び顔をゆがめた。


「なにそれ、まるで自分が聖女にふさわしいと、私が聖女にふさわしくないと言っているように聞こえるのだけれど」


「そんなことは申し上げていません。この杖が私の元にあるのは、ソウシさまがそうあれと思ってくださったからです。もしアーシュラム神様が同じようにお考えになるなら、ミランネラ様にふさわしいものが与えられるでしょうと、そう申し上げただけです」


「なんなの生意気に! 所詮妾腹の子ね。卑しいくせに口だけは立つ! それにソウシさまソウシさまって気持ち悪い! それならそれで結構よ。そのうち自分から謝って渡すようにしてあげるから!」


 ミランネラ嬢はそれだけ一気に吐き出すと、銀髪を振り乱して去っていってしまった。


 俺たちはその背中を唖然として見送ったが、彼女が馬車の中に入って行くと一斉に溜息をついた。


「……ソウシさま、申し訳ありません。もしかしたらソウシさまにご迷惑を……」


「いや、今のフレイニルの態度は正しい。あんな道理の通らない話は聞く必要はないさ。俺も同じようなことを言うつもりだった」


 不安そうな顔をするフレイニルの頭を撫でながら、俺は落ち着かせるようにそう言った。


 まあ実際はちょっと俺に対する依存が気になるところではあるのだが、それによってフレイニルが理不尽に対して強い態度に出られたなら、それはそれでよしとしよう。


「ホントにちょっとビックリね。あれで聖女候補っておかしくない? フレイの方が圧倒的に聖女っぽいわよね」


「本当にのう。フレイならオーズでも巫女としてやっていけると思うくらいじゃが、あのミランネラとかいう女子おなごは頼まれても願い下げじゃ」


 ラーニとシズナが頬を膨らませてそんなことを言う。まあこれに関してはさすがに全員が同じ気持ちだろう。


 皆がうなずいている中で、カルマが首をかしげた。


「ところで最後少し脅しをかけてたけど、実際『聖女』というのはどのくらい力を持つものなんだい? アタシはそのへんもちょっと疎くてね」


「ああ、実は俺もそれは聞きたいな。なんとなくイメージだけで理解してるつもりになってたが、どういう立ち位置なんだ?」


 俺も合わせて質問をすると、フレイニルが答えてくれた。


「『聖女』というのは、アーシュラム神から直接神託を下される人間のことを言います。アーシュラム教ではその神託は絶対で、神託を聞くことができる聖女は教会の中でも、教皇猊下に並ぶ地位とも言われています」


「これは失礼な言い方になると思うが、実際に神託なんて下されるのか?」


「教会ではそのように言われています。最近では『混沌の時代が来る』という神託が下されたそうですが……」


「ああ、そんなことを以前言っていたな。ということは現聖女様がいるということか」


「はい。ただご病気で今は表には出ていらっしゃらないと聞いています。私も教会にいたときに何度かお会いしただけで、そのあとはお見かけしたことはありません」


「ふむ……」


 先日目にした教皇も病気という扱いを受けていたが、どうにも怪しい様子ではあった。もし現聖女が同じような状態と言うことになれば、いよいよもってキナ臭さが加速する話だ。


 そんなものに関わるのはごめん被る……と言いたいところだが、この依頼を受けた時点で半ばは覚悟はしていたことである。この世界に来てまだ1年も経ってはいないが、逃げなかったことで成功してきた感覚は常にある。ここでもその感覚を信じるしかないだろう。


 たとえその感覚の向こうに、意地の悪い『何者か』の後姿がチラついていたとしても。

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